2017年10月31日

熟年超人の日 stage3 13

中位エージェントのマシューと、まだキャリアを積めていないラトゥーヤ・コーナーの座席は、ちょうど右翼横の20Kと20Jの並びのエコノミープラス席だった
日本の成田空港への直行便ユナイテッド803便は、ボーイング777−200の巨体を成層圏に浮かべ、大西洋を越えユーラシア大陸を西から東に飛び続けている
幸い20列KとJの席は、その前の19列の座席が無く、脚が伸ばせるのでマシューは気に入ったのだが、逆にこのクラスのトイレは一番後ろになるので、彼女の方は少々機嫌を損ねていた
CIAが花形だった時代なら、もう少し大事にされたのだろうが、更に後方のエコノミー席でないだけ幸せと思うんだな、とは、今回の日本への出張を伝えた次長のフェーシー・ローゼンバーグの言葉だった

今回の相棒の彼女とは、最初に名乗った後、所属の東アジア分析部の現地調査に、ボディガード的な役目が主だと伝えられてから、なんとなく主従関係のようなニュアンスを感じて、お役目以外は距離を置くことにしている(妻にも申し訳ないし…)
機内灯が消されたので、なるべく寝ておこうとしたが、昨日ローゼンバーグ次長に見せてもらった日本のネットに束の間存在したという動画の印象が残っていて、眠気が訪れない
(あのグリーンスーパーマンは、確かひょろ長い長方形のフロートの端を両手で掴んで、空中を飛行していた。いかに、もの凄いパワーの持ち主とは言え、あの鉄製の長方形の物体を、たわませずにあんな風に持っていられるのは不自然過ぎる。それだけで、あれはユーチューバーの悪戯だと分かるのに、なぜラングレー(=CIA)は今回の調査を俺と、この隣の女に命じたのかが分からない
やっと訪れた眠気に包まれながら、マシューの頭の中には相変わらず緑のスーパーマンが飛び回っている

実はもう1人、同じ機のビジネスクラスに、ラングレーから派遣されている人物がいた。情報本部・兵器科学研究部の、デスモンド・ブライト調査員だ。こちらは、マシューたち2人とは別に、A国大使館に常駐しているCIA職員と連携して、日本政府の原発関連省庁にコンタクトして、日本政府の“隠されている真意”を探るよう指令されている
*
*

[ 20日10時pm Y市戸塚区の5階建て1LDKマンション304号室 ]
Dがリビングのソファで寛いでいる
50インチのテレビは消音状態で、画面は海外リポートの市街案内で男のタレントが、現地案内人の女の子とバザールのような場所を歩いている
浴室のドアが開いた音に続いて、化粧室のドアが開く。もう1年以上、こうして付き合っている聖乃が、ドライヤーを使って髪を乾かしている音がしばらく聞こえた後、ふっと静かになり、Dの好きな時間が始まろうとしている

しかし、今夜のDの脳裏には、午前の会議(O倉におもねる者は“午前会議”と呼んでいる)で、認めてもらえたスーパーヒーローの取材をどのように進めたら良いのか、そのことがぐるぐる回っている
「お、ま、た、せ、」うなじに聖乃の熱い息がかかる。首筋に唇が貼りつき、白い細腕が肩越しにからみついてくる
「う、ん…」その返事に、熱意がこもっていないことを感じたK乃の手が、止まる
「なぁに、どしたの?午前会議でO氏に言われたこと、考えてるの?」T山聖乃は、Tテレのフロアディレクターをしていて、今日の会議に同席していたので、Dが以前言っていた「この国にはスーパーヒーローが必要だ」という主張は聞いている
「チャンスだと思うんだ。レギュラーリポーターになれれば、君との関係も公にして、ご両親に会って…」

それは嬉しいことだけど…、と聖乃は思うが、Y市で内科・小児科の開業医をしている父にとって、テレビリポーターのDが、準レギュラー扱いからレギュラーに変わることなど差異を感じないだろう。それより、最近とみに接近して来るディレクターのS河のことを、相談するべきかどうかの方が当面の問題だった
posted by ミスターK at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月27日

熟年超人の日 stage3 12

[ 同時刻 A国現地時間20日 6:30am バージニア州マクレーン フランクリンウッズパーク近くの1軒家 ]
目覚ましがけたたましく鳴っている
マシュー・グラースは、ふかふかの枕に顔を押し付けたまま、片手を伸ばして目覚まし時計を掴まえようとしていた
妻のエリカが部屋に入って来て、相変わらず鳴り続けている目覚まし時計を手に取ると、枕に頭を埋めているマシューの耳元に置いて、少し離れた場所に立って様子を眺める
騒音のボリュームがぐんと増し、マシューは耐え切れず跳ね起きると、それを引っ掴んで投げ捨てる

『やっと目が醒めたようね』くすくす笑いながら、腕を組んで立っているエリカが言う
『ああ、ありがとう。俺が起きられるように、手間をかけさせたようだね』言葉は感謝だが、声音は明らかに不満を伝えている
『12:30なんでしょ、行くのは』念を押すようにエリカが続ける
『ああ、ユナイテッド803便が日本に着くのは、明日の15:25だそうだ』起き上がって、ブルーのシャツとホワイトシャツを見比べながら、答えるマシュー
『1人なの、それとも同行者がいるの?』今回の、日本行の件を夫から聞いてから、ずっと訊きたかった質問をするエリカ
『1人じゃない。同行者がいる』ブルーのシャツに決めて袖を通しながら返事をし、その後の妻の反応を待つ
『女性なのね、一緒に行く人は』微かに棘が混じる

明るめのブルーのシャツに、ネイビーブルーのネクタイを合わせながら、ドレッサーの中の自分にうなづき、軽い口調で『君ほどの美人だったら、いいんだけど、それは無理ってもんだろうな』と、返す
ネイビーブルーのネクタイには、碇にネプチューンのトライデントとフリントロック式の短銃、それらに掴まる黄金の鷲(SEALsの紋章)が小さく刺繍されている
数少ない友人のドニー・レイスがいつも言っているように、妻とは男の忍耐力を鍛える最強のマシーンだな、とマシューはなんとなく思い起こしていた
『朝食はもう用意してあるわ。ダレス空港なら、10時に家を出ればいいんでしょ』機嫌を戻したように、いつもの明るい声でエリカは言って、ダイニングルームに戻っていく

空港の2階出発フロアに着くと、マシューは今回の日本行の同行者の姿を求めて、大勢の旅行客の顔を見渡していく。確か、同行者はラトゥーヤ・コーカーという若い女性エージェントで、マシューが組むのは今回が初めての相手だ
上司であるCIA作戦本部東アジア部の、フェーシー・ローゼンバーグ次長が、俺が行きたいくらいの黒い髪のナイスバディだぜ、と言っていたので東洋系の女を探していた
『ハイ、グラースさん?』振り返ると、とても濃いブルネット、黒い目のアフリカ系美人が大きな荷物を持って立っている
『やぁ、どうも、マシュー・グラースです。コーカーさんですね』これはとても良い旅行になりそうだぞ、と正直言って、マシューはわくわくする気持ちを抑えるのに、数秒間を要するほどだった

『情報本部東アジア分析部の、ラトゥーヤ・コーカーです。よろしく。ところで、貴方は作戦本部の猛者だって伺っているんですけど、本当なの?』いきなり突っ込んでくる。悪くない
『まあ、シールズ出身者は皆“猛者”と呼んでもいいことになっていますが…』さりげなくタフな男であることをアピールすると、ユナイテッド航空のカウンターを手振りで示してから、先に立って歩き始めた
posted by ミスターK at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月23日

熟年超人の日 stage3 11

「どちらに行かれていたんですか」声にやや苛立ちが感じられる。2人のうちの若い方のT垣という刑事だ
「いやぁ、ちょっと散歩ですよ」どうせ信じないだろうが、一応さらっと答えてみる
「どちらに散歩に行かれたんですか」さすがに、さらっとはいかない。食い下がってくる
いい加減なことを言うと、後で街中の監視カメラを総チェックされ兼ねない。まあ、そこはこちらも注意してカメラの無いところを歩いているので、変な画像は残っていないはずだが、逆に画像がまるで無いのも疑念を抱かれるだろう。で、かなり正直に歩いたコースを明かす。建設現場の件は、尿意を催したのでちょっと…とでも言っておけばいい

「そうですか。しかし、足がお速いんですね。いつもあんな風にジョギングされてるんですか?」割と素直に質問してくるので、ええまあ…と、とりあえず答えておく
「付いて来い、とおっしゃられたので、一生懸命追いかけたんですが、いやいや足がお速い。まかれるのかと、あせってしまいましたよ」今度は、ピリ辛な口調に変わる
「いやいや、いつもあんな具合の散歩なんですよ。警察の方は体を鍛えてらっしゃるから、問題ないと思ったんですがねぇ」こちらもつい、言わずもがなのことを言ってしまう。気を悪くしたのがありありのT垣氏
「Aさんは、よほど鍛えてらっしゃるんですね。なにか武術のようなものでも?」そこはあまり突っ込まれたくないところだ。なにせ、なにを習ったと言えるような武術の型は知らないし、経歴上にも全くないんだから、いつどこでなにを修業したかなんて、深く訊かれても困るしなぁ
「いやぁ、実は学生の頃、人に隠れて合気術を我流でやりまして。まあ、自己流の護身術みたいなもんです」
「ほぅ、合気道ですか。流派は、どちらで学ばれたのですか」年配のM宮が、興味深そうに話に加わわってきた。まずいなぁ…
「いえ、流派なんてないんですよ。古本屋でね、見つけた本を頼りに、近所の神社とか、家の庭で興味半分でやったんですよ。ただ、まあ私、結構一生懸命にやったんで、多少、今でも残ってるんですね」
「合気術、とおっしゃってましたが、すると大東流の流れを汲んでいらっしゃる?」M宮氏がしつこく食い下がって来る。そんな流派の名など知らない私である
「い、いや、ただ本に描かれていた図解と解説文だけ頼りに、後は自分で面白い、と思った技を自己流にしてですね。まあ、いいじゃないですか、要するに我流ですよ」と、話を打ち切る勢いで締めくくる

合気道と合気術が違うものだということで、なんとなく話は終われたが、これは後でネットで調べておかないといけないな…
それじゃあ、失礼します、と言い残して、そのままアパートに戻ったが、相も変わらず向かいの住宅のカメラのレンズはこちらを向いているし、黒っぽい色のセダンもちゃんと元の位置に戻っている
部屋に入ってダイニングの椅子に腰を下ろして、時計を見るとそろそろ7時だ。夕食の時間だということが頭に浮かび、習慣的に冷蔵庫の扉を開け、夕食の材料になりそうなものを探すと、妻が買っておいてくれたベーコンと卵が入っている
超人になってから、ついつい食事がいい加減になって、ビールとつまみだけ、みたいになっていたので、食材を組み合わせて料理するなんて、とんとご無沙汰だった
興が乗ったので、フライパンを取り出して、ベーコンエッグを作ることにする。ならば、飯はどうしようか
もしや、と思って開けた冷凍庫にご飯は無い。パンは?と探してみると、食パンがある。これも妻がコンビニで買い置いてくれたものだが、日曜日のことだったので昨日が賞味期限になっている。まあ、構わんさ、超人なんだから

ベーコンエッグを焼いて、トースターに2枚入れたパンを出して、一般人だった頃のように、食卓に着いてテレビのリモコンをONにする
すごく普通な単身赴任生活が甦り、ふと自分の超人任期が100年だったことを思い出す
100年経てば、妻はおろか、息子も娘も恐らくこの世にはなく、生まれたばかりの孫でさえ100才!愕然として動きが止まった私の頬を、涙が一筋流れていることが、他人ごとに感じられている
posted by ミスターK at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月19日

熟年超人の日 stage3 10

一応、出かける前に部屋で、自己検査だけはしておくことにする
と言っても、例の透視眼で自分の身体(主に腕や脚、腹部の内蔵などだが)を観察してみるくらいだが…
どっちにしても、解剖学の知識もほとんど無いので、どの筋肉がなんと言う筋肉なのか、こうして見ても良くは分からないが、関節や腱、そして筋肉の赤い色の上に、なにやらうっすらと銀色のベールがかかっているように見える。透視眼で見えるのはそれくらいまでで、奥の骨格はほとんど見えない
このうっすらベールが、私に超人的な力を与えてくれているのだろうか、と思うが、所詮推測でしかない
腹部の内蔵も然りで、腹筋の下に隠れているので、ぼんやりした暗い影にしか見えない
(後にジュブブに聞いたところでは、身体的な損傷があったときには、透視レベルが一時的に上がって、破損個所を確認することはできるのだそうだ)
…結局、電気製品を開けてみても、詳しいことが分からないのと一緒だな、と納得して、体内検査は終了。姿を見られにくい夕暮れ時まで、テレビを観ながら時間を潰して、5時半過ぎに外出することにした

公安の張込み車に声だけ掛けておいて、後は知らぬ顔でずんずん歩く(スピードは抑え気味だが、彼らからすれば、オリンピックの競歩の選手の後を追う、くらいの感じだったろう)
細い脇道に入った時に、後ろの車が止まり、ドアの閉まる音を背後に聞いても斟酌せず、そのまますたすた歩く
飛んだり跳ねたりのテストは、以前ある程度試しているので、今回は主に素のままの腕力の限界を確認しようと思っていた(スーツが力を増幅してくれることは分かっているが、生身でどれだけ超人力を出せるのか、そこが知りたかったのである)
超人能力を授かったばかりの頃に、道端で事故っていた軽トラを動かしたことがあったが、そのときも全然全力なんて出してなかった
また、建設会社の駐車場に入り込んで、ユンボやら乗用車やら持ち上げてみたこともあったが、乗用車の一部を掴んだ段階でのぐにゃり感にびびって、そんなにしっかりとは持ち上げられなかった

背後の尾行者の足音が聴こえなくなったのを確認して、アパートらしき建物の建設現場に侵入する
作業時間は終わっているようで、人けは無い。基礎がほぼ出来上がっていて、鉄骨の外枠と、外壁の一部も出来上がっている建物の陰で、動きを止めて耳を澄まし、さらに周囲偵察も試みる
周辺では、時折り通行する車や、たまに自転車、帰宅途上の人、犬を連れた人など、かなりの動きがあるが、ここの近くには人の気配はない
それを確認しておいて、荷台に小型のパワーショベルが載っている、かなり使い込まれた風情の小型ダンプを持ち上げてみることにする
小型とは言っても、傍に寄るとなかなかの量感だ。ごつい後部の右角に両手をかけて、上のパワーショベルを落っことさないように、水平を保つことを意識して力を入れる

手から何か力の波が出て、小型ダンプと荷台のパワーショベルを包み込むイメージ(F原発で感じた感覚)が得られ、これは持ち上げられるな、と思えたのだが、案外手応えがある。つまり、重い
今度は、気合を入れて踏ん張ってみる
と、少しだけ動く。ええ〜っ、これだけ〜!これはどうしたことだ、と少々あせる。超人力の抹消でもされたのか、ジュブブ先生に
慌てて、ほかの能力をチェックしてみる。周囲偵察OK、超人聴力、望遠眼、透視眼(パワーショベルの運転席から下に落ちている百円玉も見える)…全部クリア。それではと、ちょっと身を沈め、ジャンプしてみる。大丈夫、軽く跳んでアパートの2階辺りまで到達できる
今度は、飛ぶ方の能力チェック。身体を浮かす気持ちになると、ふわっと宙に浮かぶ。そのまま3階建ての鉄骨の骨組みの天辺まで飛んで、そこに身を伏せながら留まる
その状態で周囲を見渡してみると、西の空の夕映えの残照、遠くJR駅方面に灯り始めた街の灯り、辺りを薄闇が包み、道行く車はヘッドライトを点灯し始めている

そこから、すーっと小型ダンプのそばに降り立つと、気を取り直してもう一度後部荷台の下の、一番頑丈そうなところに手をかけ、今度は宙に浮いた状態で持ち上げてみる
さっきよりは持ち上がった感触があるが、原発のときのように、全体がすいっと持てたのとは大違いで、やっと後輪が地面から離れるくらいで、無理にこのまま持ち上げれば、荷台の小型パワショが傾いて落っこちる可能性があるので、力を抜いて元に戻す
汚れた車体に記されている自重5500s、荷台のパワショ(後に2tと判明)を合わせれば、約7.5t、そこから推察するに、生身の私の持ち上げられる重さの限界は5tといったところで、以前の私が持てそうな重さ40〜50sの100倍くらいにパワーアップしていると思われる
で、垂直ジャンプは、昔の体力測定で50pくらいだったような覚えだから、10倍といったところか…

銃弾や刃物、放射線や毒物への耐性は、もちろんここで測る術は無いので、結局あいまいだが、この辺にしておこうと、手のほこりを払って、そっと工事現場の外に出る
次は、スパイダーマン風のスーツの能力も確かめないといかんな、と独り心地して通りを歩きだす
改めて、周囲偵察を展開すると、私を見つけたのか1台の車が接近してくるのが分かった。公安さんだな
posted by ミスターK at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月17日

熟年超人の日 stage3 09

先に入ったヤスコーは、遠慮して狭い玄関口に突っ立っている
その脇を抜けて、さっきまでこの部屋に居たときの自分の靴の横に、下の部屋に常備していたジョギングシューズを並べて、Tは部屋に入ると、さりげなくベッドの位置を足で戻してから、ヤスコーにこっちに来いと手招きする
怖い時の、Tの仕草や表情はよく覚えているヤスコー(本名はI瀬)だったが、今見る表情からは何も掴めない。ただ仏頂面の目の奥に、微かに和んでいる光を見出し、少しだけ心がほぐれるのを感じる

「お疲れさんっす。若頭はどうやって、サツからズラかれたんすか?」声に出してから、訊いちゃいけなかったかな、と緊張してしまう
「なに、看護婦が回ってくる時間が分かったんで、次に来る前にトイレに行くふりをして部屋を出て、後は清掃員にちょっと頼んで服借りて、すらっとトンずらかましてきたんだよ」そこで、ククッと笑い声を漏らしたが、胸の痛みに顔をしかめる
「だ、大丈夫っすか若頭」慌てて近寄るヤスコーを片手で制して
「大丈夫だ、あの怪物野郎に小突かれて、あばらを2本やっちまったんだが、サツの医者が手当てしてくれたんで、大したことないんだ。それより、お前はどうやって…」そこまで喋って、また襲ってきた強烈な胸の痛みに、声を失う

「俺は、あの化け物にドアごと持ってかれて廊下に転げ出したんすが、すぐにケン兄貴が吹っ飛んで来て、その後、事務所であいつが暴れて、みんな吹き飛ばされるとこ見て、俺、こりゃもう駄目だ、と思って、そしたらパトのサイレンが聴こえたんで、申し訳ないけど、1人でズラかっちまったんで…すいません」
「なぁに、いいんだ。お前が居てくれて助かることがありそうだ。今度は逃げずに、役立ってくれりゃあいいさ」へっ、とうなづいてヤスコーことI瀬は、傷ついた若頭を助ける想いを目に込めて、大きくうなづく
*
*

[ 20日(水)の3:20pm K市 つばさマンション204号室 ]
司法書士事務所から戻った私は、私をめぐる周囲の人間模様が、こうも複雑になってきていることなど思いもよらず、とりあえず会社設立の連絡が入るまで、なにをしていようかと考えてみる
そのときふと、スーパーマンスーツの性能チェックをしておいた方がいいな、という考えが閃いた
なにしろ、原発の中に入りこんで行くときや、でかいメガフロートを持ち上げるとき、宇宙に飛び出していったとき、その都度思いがけない方法で窮地を乗り切れたことからも、あのスーツが持っているポテンシャルは、際限ないものに思える
ならば、これからやろうとしていることを、もう少し詳細にシュミレーションして、まだ隠されているかも知れない能力を把握、或いは開発しておくことが必要ではないかと、考えたのだ

当然、このアパートの部屋で試す訳にはいかないので、どこかに行く必要があるが、相変わらず車の2人組と、向かいの住宅の2人も張り付いたままだし、それどころ交代要員らしき2人までやって来たようだ
スーツで透明になったところで、この部屋に居なければ、そのうち分かってしまうだろう
私が部屋から抜け出して、代わりに何処かにグリーンマンが現れた、なんてことになったら、早晩一人二役もばれてしまうだろう
この段階で、私の正体がばれたら、ピンポイントで交渉にやってくるか、或いは逮捕、連行、拘留、尋問、検査…etc..etc
家族も事態が飲み込めるまで(私1人だけが超人なのか、家族にも超人能力はあるのか調べたいだろう)、同じような目に遭わされる可能性だってある

ならば、Gスーツの機能チェックは後回しにして、生身の私のポテンシャルもしっかり把握しておくべきかと、発想の転換を試みる
それなら、短時間尾行者の監視の目を眩ませれば、こっそりいろいろ試せそうだ
では、とアパートを出て、司法書士事務所にも付いて来て、今はまた表に停まっている表の張込み車の窓をノックして、年配の刑事に声をかけておく
「M宮さん(電話でのやりとりを聴いていたので、2人の名前は分かっている)、またちょっと出かけますけど、付いてこられますか?」2人の刑事はびっくりしたようだが、前に上司のD田と私が話をしていることを知っていたようで、ばつのわるそうな顔で、職務なので…と返事をする
posted by ミスターK at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月10日

熟年超人の日 stage3 08

そうなのか、とDの心の中で、何かが収まるところに落ち着いた
「本来、ポジティブニュースであるはずのこのニュースが、抑えられているのはなぜだ?なぜ、F原発事故の収束に射した光明を、政府が隠そうとしているのか、そこにスポットを当てるのが、我々の役目なのか?当然、そこにはなんらかの理由があると見るべきだろう。まずは、そこを探るところから始めようか」O倉の鶴の一声で、Dは望んでいた仕事を得た
*
*

同じ頃、N市西区のN美のマンションの床に敷かれた布団に寝転がったまま、Sはぼんやりこれからの先行きに想いを馳せている
…あの刑事さんが言っていた通りなら、S会はほぼ潰れたってことになるが、W木組長は金庫やデスクに何が入っていたかで、時期は変わるだろうが、いずれお呼びがかかるだろう
でも、組長や怪我をして病院送りになっている連中(若頭のTが病院から姿を消していたことはまだ知らない)が、遅かれ早かれ出て来るのは間違いない。昨夜は、Dに強がって見せたものの、どんな風に訊かれるのか…本性は恐ろしい奴らだから、厳しく追求されたらシラを切り通せるか自信なんてない
どっちにしても、事務所には当分帰らない方がいいだろう。場合によってはDを頼って東京に行くのもアリかもな(事務所の家賃は踏み倒させてもらおう)。となると、一度事務所に戻って、要るものは持ち出しとかないといかんな…
*
*

[同時刻、N市東区の木造2階建てワンルームマンション204号室]
負傷しているTが、1台あるベッドにではなく、フローリング床に敷かれたマットレスに横たわっていた
…あの怪物を寄越したAって野郎は許さねぇが、Aの家族をさらう計画を漏らした探偵野郎も許せねぇ。情報検索したから分かったのどうのって言ってやがったが、そんなのは嘘だ。あのSがチクったのに間違いねぇ…
その時、人がドアの外にやってきた気配がした気がして、Tは動きを止め、耳をそばだてる
小さく3−2−2とノックの音が聴こえる
音を忍ばせてドアに近づき、静かにドアスコープの覆いをずらして(これなら、覗くときにドアスコープが暗く変わって中に人が居ることがばれない)、外を覗くと、ヤスコーが辺りを気にしながら立っている

なぜ、三下のあいつがこの秘密の隠し部屋を知っているのか、Tは考えを巡らす。再びそっとドアを離れ、窓辺に寄って、カーテンの模様に紛らわせて設置してある小型モニターカメラを作動させて、建物外にこの部屋の様子を窺う人影が無いかチェックする
どうやら、ヤスコー1人のようだと判断して、彼を部屋に招き入れるかどうか、深く考え、そして結論を出す
決心すると、Tは素早く行動に移る。ワンルームの部屋の真ん中に置かれたベッドを動かし、床に敷かれた硬いカーペットの一部を外すと、ぽっかり空いた穴に足先から入って行く
真下の104号室も別人名義で借りたもので、その部屋には天井を修理する名目で、置きっ放しにしている脚立が上の階の穴から伸ばしたTのつま先に触れる
そっと、下の部屋に降り立ったTは、静かにドアを開け、辺りに注意しながら部屋を出て、2階に戻る

ドアの外に、しょんぼりした風情のヤスコーが立っているところに、後ろから近付いて肩を叩く
「どうしたヤス。誰に聞いてここに来た」声を落として、耳元でささやく
「あっ、若頭。お出かけだったんですか」びっくり顔から笑顔に変わったヤスコーが、少し弾んだ声を出すと、Tの指がその口元を押さえる
「あ、すみません。いや、以前N山兄貴に、この部屋のカーテンを着けとけ、って言われたことがあるんで…」N山か、あいつは口が軽いな。組長のW木と3人だけの秘密で、ガサ入れがあったときの用心部屋として、ここを借りたのに(と、言っても更に用心で、下の部屋も押さえて2階の床に細工したのは俺だが)
「まあいい、とにかく中に入れ」そう言うと、部屋の鍵でドアを開けてヤスコーと部屋に入る
posted by ミスターK at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2017年10月08日

熟年超人の日 stage3 07

同じ日の午前、外観に特徴のあるTテレビ本社ビル12階のミーティングルームに、『昼報ですよ』のスタッフが集まって、メインキャスターのO倉が口を開くのを待っていた
「じゃあ、始めようか。どうも最近、『ネットの海から一本釣り!』コーナーのインパクトが薄いよね。ネタの掴まえ方がワンパターン、なんだよね。いいのかなぁ、これで。…ねぇ絹ちゃん」話のケツを振られたサブキャスターのT場絹代は、それでもたじろがず涼やかな声で、そのままフィールドキャスターのN元に振る
「ネタは、ネットの海に泳いでる、でしたよね。N元さん、そろそろ出してくれませんか、お魚」
「え、ええっと…。どの魚でしたっけ?」急に回ってきたお鉢を扱い兼ねて、場の全員の顔を眺め廻す

「あれですよ、ほら、この間の飲み会で盛り上がってたじゃないですか、Dくんと、ほら」
昨夜飲み過ぎて今朝一番の新幹線で戻って来たDは、少しうとうとしかけていたが、自分の名が出たことで慌てて記憶の糸をたぐる
「えーっと、あれですよね、この前の飲み会で、N元さんと盛り上がった、ってぇ、いうと。あの…」
「あっ、そうかD君の正義の味方待望論か。そうだったそうだった、D君大いに盛り上がって、なんかいいニュースソースの提供者も知ってるって、自慢してたよね」ボールをDに渡して、ほっとするN元

そうだった、以前リポートした、ぼったくりバーの怪人と、最近ちょっと怪しげな探偵と県警のはみ出し刑事から聞いたスーパーマンらしき人物の画像について、ニュース源は伏せたまま、かなり盛った話を、酔いに任せて開陳したっけ
その時、少し離れたテーブルでO倉の相手をしていたみたいなT場絹代が、あの話に聴き耳立てていたとは、ちょっと意外だった
「そうですね、確かにそのネタ元とは接触しています。近いうちに、最重要キーパーソンとの接見取材の予定も画策中です」言ってしまって、昨夜N市の飲み屋で落ち合った二人を思い出しつつ、どこまで話そうかと思案を巡らせる

「そうか、D君はちゃんとネタを追ってたのか。いいじゃないか、それだよそれ、ジャーナリストは信念を持って行動できる奴が大きくなるんだ。それで、そろそろネタは温まったのかな」O倉が機嫌よく喋り始め、一座の者は少し緊張が解け、期待の視線をDに集める
「そう言えばDちゃん、先週は九州出張だったよね。飲み会ってその前のことなの」番組ディレクターのS河が、少し不満そうな声音で話に割り込む
「ああそうだよ、僕らキャスター連中だけでささやかに飲んだんだよ、赤坂見附の小料理屋でさ」O倉が磊落な口調でぶちまける
「そうですか、それで僕にはお話しがなかったんですね。FDの連中は何人か同席したそうですけど…」口調に屈託を滲ませるS河に、T場が涼しい声で答える
「そうね、ちょうど目が合っちゃった何人かが、一緒に来てたわね。まあ、同じチームなんだし、ってことでO倉さん太っ腹しちゃったんですよね」O倉が、そうそうとうなづくと
「まあ、それで話を戻そうか。で、概略説明してくれるかな」笑顔だが、目の奥に真面目な光が宿っている。こんなときのO倉は怖い、と言われているその表情を見て、Dは覚悟を決めて話し出す

「実は、昨夜N市で変わった事件があったんです。各新聞社の報道は、小さい丸暴の事務所のぼや騒ぎみたいに書いていますが、ネットではスーパーマン襲撃事件として2ちゃんねる中心に盛り上がっています」
「聞いてるよ、それ。スーパーマンって、前にもネットに画像が上がって、一瞬で消えたんだろ」O倉が別に驚いた顔もせず、応答する
「そうです、私も日曜日の朝、動画サイトでタイトルだけ見たんですが、アクセス集中で見られず、2〜3分置いてアクセスしようとしたら、もう削除されてまして」
「それは、その筋の情報によると政府が消したんだそうだ」さらっと、O倉が補足する
posted by ミスターK at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説