2018年03月19日

熟年超人の日 stage3 34

『今まで連絡入れられず、ごめん。もうじき、T電さんとの話がまとまる予定です。まとまったら、まとまったお金が(笑)入る予定なので、目鼻が付いたら、どこかに一泊してお祝いしよう(^O^)/』
どこまで本気にしていい話なんだか、と思ったが『それはどうもありがとうハート』と返信した後、今夜は電話して声を聞いてみようかな、とM代はもう微笑み気分になっている

司法書士の事務所に電話する前に、長らく連絡していなかった妻宛てにメールを送信したので、折り返しの電話があるかと少し待ってから、9時半になったのを確認してT田事務所に電話する
草案についてはOKしておいたので、すぐにでも登記できるのかと思っていたのだが、社印、代表印、ゴム印など早く作るといいですよ、と言われる。思っていたより面倒だが、仕方ない。会社が無ければ銀行口座も作れないのだ
超人なんだから、そんなめんどうなことはしてないで、やりたいようにやればいいのだが、家族のことを考えると、そうも言えない。そこが焦れったくて、壁でも殴りたい衝動にかられる
そんな自分に気付いた私は、そんなことしたらアパートが壊れちまうぞ、と自分にブレーキをかける。なんだか、どんどん若かった頃に戻っていくようで、嬉しさ四分戸惑い六分と言ったところだ
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[N市東区の木造2階建てワンルームマンション204号室]
小さく3回2回2回のノックが聞こえる
腕立て伏せをしていたTは、素早く起き上がるとドアスコープで確認した上で、ヤスコーを素早く部屋に入れ、自分の椅子の前にもう一脚椅子を用意する
ヤスコーと呼ばれているチンピラのI瀬は、コンビニのビニール袋をTに手渡すと、そのまま直立している
「外はどうだ。ん、新聞買って来たか、よし」ぼそっと、言うとTは、袋の中から新聞を取り出して広げて3面から読み始める。部屋にはテレビもあるのだが、この部屋に逃げ込んだときから、自分が警察病院から逃走したことも、組事務所が壊滅したことも、どの局も報じてはいなかった
今、紙面を隅から隅まで探しても、どこにも載っていないことを確認して、Tの心中の疑念が怒りに変わった

「俺らがあれだけやられてるのに、世間の奴らは完全無視か。こうなったら、なにがなんでもあいつは許さんでぇ」うなるようなTの独白に、ヤスコーことI瀬は黙ってうなづく
「ヤスコー、お前、あいつって誰の事だか分かってるんか?」
「あの化け物を送り込んできた、Aって奴で」とばっちりが飛んできそうなTの剣幕に、ヤスコーは慌てて答える
「そうかよしよし、お前意外と頭が回るんだなぁ。そうだ、その通りだ。化け物相手じゃ戦争にならん。弱みを突くんじゃ、弱いところを狙うんじゃ」その言葉は、ヤスコーに言っているというより、自分に言い聞かせているようだ。聞かされているヤスコーは、怒っているTに緊張して、物も言えずに直立したまま、前だけを見つめている

同じ頃、公安のD田警視は、N市の県警本部の一室で、捜査四課のK巡査部長に会っていた
「それで、あの男に逢ったとき、マスコミ関係者が同席していたと言うんですね。君はそれが、どう言う意味なのか、分かっているのですか」
「分かってますよ。でも、あいつのふところに入れ、って言ってたの、警視どのじゃないですか」
「それはその通りだが、部外者、ましてマスコミ関係者にこの件を教えるなんて…」落ち着こうとしてか、ポケットからフリスクの容器を取り出すと、何粒か掌に受けて、一気に口中に放り込む
posted by ミスターK at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年03月15日

熟年超人の日 stage3 33

「防衛大臣が興味を持たれているということは、あちらのお国の偉い方も、別のお国の偉い方も、みんな気にされるようなことなんでしょうね。だったら、一番先に、その興味の対象になっているお方にお会いになられることが、大事なのでは、と思います」そこまで喋ると、少しだけ首をかしげて、老人の目を真直ぐに見る(その仕草を老人が好むことを知っているし、N絵がそれを分かってやっていることさえ、老人が好ましく思っていることを承知している)
「そうだな、M崎が言っていた仲介役のAという男に、一度会っておくとしょう」そう言った後は、もうN絵を相手にせず、黙々とテーブルの料理を口に運んでいく
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孫のT哉がやっと寝始めたのを見て、M代は嫁のK子と顔を見合わせて微笑んだ
「T彦も生まれ立ての頃はよく泣いたわね。あの頃はまだ布のオムツで、亡くなった私の母が一杯縫って、持って来てくれたのを毎日せっせと替えて、せっせと洗ってせっせと干したものよ」
「その後くらいなんですね、紙オムツが出来たの」如才なく話を合わせるK子
「そうそう、ムーニーよね。下のM実のときは、あれで助かったわ。主人も、上の子のときはオムツの替えくらいは手伝ってくれてたけど、下の娘が生まれたときには、最初の会社を辞めて印刷会社に移った頃だったんで、毎晩遅かったから大変だったのよ」喋っていると、これまでのことがふわ〜っと甦る

夫のAとは、同じ旅行会社の同期入社ではあったが、高卒で接客カウンター配属のM代と、4才年上で団体係のAとは大した関わりもなかったが、入社して4年ほど経った春、伊豆方面に出ていたAの乗った貸切バスが、季節外れの大雪で立ち往生したとき、留守家族への対応が的確だったと、Aがお礼にM代を夕食に誘ったことから、結婚にゴールインしたのだった
その後、二人の子供にも恵まれたのだが、少々空想家のAは10年前後で職場を変え、新しいことにチャレンジしたくなる性癖があり、それが高じて40才になった頃、十年勤めていた印刷会社を退職し、旅行紹介型のタウン誌を発刊し、8年頑張った後、結局大赤字の会社をたたみ、自宅まで手放すはめになった
ちょうど大学2年の長男と、大学受験中の娘を抱え、M代が人生最大に奮闘する5年間が始まった

幸い、夫のAも会社をたたむ頃、それまで付き合いのあった広告代理店SAプランニングの、M田井社長にウチに来ないか、と誘われていたので、一家の表情はさほど暗くはならなかったが、後になって、このときの苦労が、M代の健康を蝕むことになるのだが…
幸い国立大学を出たT彦は、一流企業に就職し、親の助けも借りずに、良い家のお嬢さんと結婚して、自分たちで買ったY市のマンションに、親の同居を勧めてくれた
夫のAは、世話になったSAプランニングには、定年まで勤めたいからと、Y市から離れたK市の安アパートに単身で留まることを選んでいた。それでも定年が間近になってからは、子供が生まれれば大変になる息子夫婦の家を出て、今度は夫婦二人だけで暮らしましょう、と年が明けてからは、そんな話をしていたのに、今度は超人になって、一旗揚げるみたいなことを言っている

夫の空想好きは、よく分かっていたけれど、そんなところが好きで結婚したんだからしょうがないわ、とあきらめていたM代だったが、日曜日にY市に戻ってから、夫からはまだ一度も連絡がない。なんでも大手企業さんと話をするんだ、と言っていたが…
それにしても、原発がらみのお仕事って、危なくないのか、そこが不安のタネだった
大体、タウン誌を始めたときにも、わたしには相談なかったし(相談があれば反対したと思うけど)、今度もなにかあったら、すぐ連絡してくれなんて、物騒なこと言っていたし
そこまで、考えているとタイミングよく、夫からのメールの着信音が聞こえた
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2018年03月02日

熟年超人の日 stage3 32

本を読み進めて、気付いた。この内容は知っている。奥付けを確かめると、4年前の出版だ
なぜ、N絵がこの本を書斎のデスクに置いたのか、そこに興味が湧いて、更に読み進める
英国の経済紙らしく、近未来を多岐に渡って予測した体裁の編集だが、その起源を19世紀半ばの大英帝国をバックボーンに生まれた経済紙らしく、アジアの脅威、アフリカへの危惧を滲ませつつ、最終的には人類の未来を、リベラルで序列に捉われない欧米の科学開発が救うだろう、という楽観論を展開している

その内容の中核を成す、インタネットによるグローバリゼーションという“まやかし”と、高齢化による国民力の低下現象については、なかなか侮れないものと理解していたが、基本、一種国民が住む、適切な広さと自然環境を持つ日本こそ、人類未来の希望の砦であるとの確信は、微塵も揺るぐことはなかった
そのようなことは、賢いN絵ならばとうに理解しているものと思っていたので、その真意を改めて測ってみようと考え、尋ね方について思考を巡らすことで、今日の退屈から逃れられそうだな、と微笑みが浮かぶ

N絵は、父の経営する会社の倒産に端を発する家族崩壊によって、T大法学部第三類の卒業間近での中退を覚悟したが、卒論テーマに選んだ“日本を動かす力”の取材過程で知己を得た、老人の執事T堂の紹介から、この屋敷に勤める道を選んでいた
静謐が支配するこの屋敷においては、無駄な会話など生まれる余地も無く、この屋敷に住まう五人の関係性は必要なだけの同居感と、世俗を超越しながら、政治の裏舞台で能を舞うがごとき老人の生き様に、感化された者同士の連帯感に満たされているものであった
ごくたまに、月に一度か二度ほど、老人がN絵を抱きしめることもあったが、それは若い男のそれとは違い、まことに静かに、抱きついているだけのものであり、身長170pのN絵に、160pを少々超えるだけの老人が寄りそう様は、母子の抱き合う姿にも似ている
己が相貌が、老人が15才の春、別れた切りの母に瓜二つだということを、N絵は知らなかった

老人の屋敷を、取り囲むように配置されている小山に模した砦の警護隊は、隊長、副長と8名の隊員で構成されており、東を青龍荘・南を朱雀楼・西は白虎舎・北が玄武館と称している
各砦の10名は、2名ずつが週に1日の休暇を与えられ、各棟毎の週2日の全員待機日もシフトすることによって、手薄になる特定日が発生しないよう、また、1日の勤務も時間をずらすことにより、24時間の警備態勢を取っていた
これほどまでの警護体制を取っているのは、それだけ老人に敵が多いことの証左でもあるし、いかに老人が過酷な成り上がり人生を歩んで来たのかが、物語られているようだった

読書の後の応接を終え、一人食事を摂る老人に話しかける隙を見つけたN絵が可愛く問うた
「あのお客さまは、お食事のご相伴がしたかったようなのに、お返しになったんですね」
「あの男は、自分の考えもまとめられないのだ。私が動くのを見極めてから、自分の進む道を決めれば良いと、高を括っているのだ。超人がこの国に現れたことの本来の意味を、分かっておらんのだ」そこまで、一気に喋ると、急に口をつぐみ、N絵の話すのを待つ
「防衛大臣には、御国を守る役割があるので、枠外の力には慎重になってしまうのではないですか」
「ふふん、そこまで考えての上ならいいがなぁ。お前だったら、どうする?」防衛大臣のM崎が、例の超人がイチエフに現れた際の、偵察隊の分析評価と、録画データを持参して老人に報告している時、老人の後ろで一部始終聞いているN絵は、その明晰な頭脳と直感的分析力により、老人の知恵袋として、来客にも執事のT堂にも一目置かれる存在だった
posted by ミスターK at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説