どこまで本気にしていい話なんだか、と思ったが『それはどうもありがとう

司法書士の事務所に電話する前に、長らく連絡していなかった妻宛てにメールを送信したので、折り返しの電話があるかと少し待ってから、9時半になったのを確認してT田事務所に電話する
草案についてはOKしておいたので、すぐにでも登記できるのかと思っていたのだが、社印、代表印、ゴム印など早く作るといいですよ、と言われる。思っていたより面倒だが、仕方ない。会社が無ければ銀行口座も作れないのだ
超人なんだから、そんなめんどうなことはしてないで、やりたいようにやればいいのだが、家族のことを考えると、そうも言えない。そこが焦れったくて、壁でも殴りたい衝動にかられる
そんな自分に気付いた私は、そんなことしたらアパートが壊れちまうぞ、と自分にブレーキをかける。なんだか、どんどん若かった頃に戻っていくようで、嬉しさ四分戸惑い六分と言ったところだ
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[N市東区の木造2階建てワンルームマンション204号室]
小さく3回2回2回のノックが聞こえる
腕立て伏せをしていたTは、素早く起き上がるとドアスコープで確認した上で、ヤスコーを素早く部屋に入れ、自分の椅子の前にもう一脚椅子を用意する
ヤスコーと呼ばれているチンピラのI瀬は、コンビニのビニール袋をTに手渡すと、そのまま直立している
「外はどうだ。ん、新聞買って来たか、よし」ぼそっと、言うとTは、袋の中から新聞を取り出して広げて3面から読み始める。部屋にはテレビもあるのだが、この部屋に逃げ込んだときから、自分が警察病院から逃走したことも、組事務所が壊滅したことも、どの局も報じてはいなかった
今、紙面を隅から隅まで探しても、どこにも載っていないことを確認して、Tの心中の疑念が怒りに変わった
「俺らがあれだけやられてるのに、世間の奴らは完全無視か。こうなったら、なにがなんでもあいつは許さんでぇ」うなるようなTの独白に、ヤスコーことI瀬は黙ってうなづく
「ヤスコー、お前、あいつって誰の事だか分かってるんか?」
「あの化け物を送り込んできた、Aって奴で」とばっちりが飛んできそうなTの剣幕に、ヤスコーは慌てて答える
「そうかよしよし、お前意外と頭が回るんだなぁ。そうだ、その通りだ。化け物相手じゃ戦争にならん。弱みを突くんじゃ、弱いところを狙うんじゃ」その言葉は、ヤスコーに言っているというより、自分に言い聞かせているようだ。聞かされているヤスコーは、怒っているTに緊張して、物も言えずに直立したまま、前だけを見つめている
同じ頃、公安のD田警視は、N市の県警本部の一室で、捜査四課のK巡査部長に会っていた
「それで、あの男に逢ったとき、マスコミ関係者が同席していたと言うんですね。君はそれが、どう言う意味なのか、分かっているのですか」
「分かってますよ。でも、あいつのふところに入れ、って言ってたの、警視どのじゃないですか」
「それはその通りだが、部外者、ましてマスコミ関係者にこの件を教えるなんて…」落ち着こうとしてか、ポケットからフリスクの容器を取り出すと、何粒か掌に受けて、一気に口中に放り込む