2018年06月26日

熟年超人の日 stage3 47

「お待たせいたしました」N絵と老人が呼んでいた女性の声だ。襖越しに透視すると、さっきまでのしとやかな着物姿から、作務衣姿に変わっている
「はい」と返事をして、部屋を出てN絵さんの後ろに付いて、左手に日本庭園を眺めつつ長い畳廊下を歩くと、先ほどの食堂も過ぎ、さらにその先を右に曲がったところにある部屋に入って行く
この部屋は板戸になっていて、長押のところに『鍛錬室』と書かれた額が飾ってある(鍛錬室…?)N絵さんに続いて部屋に入ると、朝食の時、老人の傍に立っていた背の高い男が、柔道着のような衣装で入口脇に正座している
昔、学校の柔道部で見たような塩ビの畳(柔道畳)が敷き詰められた、16畳ほどの部屋の正面奥に、老人が同じような道着に黒い袴といった格好で、こちらを向いて正座している。その背後は板戸が開け放たれていて、中庭が見えている。左右の板壁には、木刀が数本と薙刀、タンポ槍などが架かっている

「さ、どうぞこちらに」老人が、部屋の真ん中の右側を手で示す。なにやら腕試しでも始まりそうな雰囲気
危惧した通り、私が部屋の真ん中右寄りに進むとほぼ同時に、入口に正座していた大男が立ち上がって、私に正対するように立つ。私は、昨夜のままの恰好だというのに…
「A様には、合気道の道着でよろしければ、こちらに用意いたしましたので、どうぞお召し替え下さい」と、N絵が黒くて浅い箱(乱れ箱、というらしい)に入った白い道着の上下と、黒い袴、黒帯の揃ったものを私の前に置く
「これは、今から柔道の稽古でも始まるんでしょうか」一応、とぼけてみる(内心では、超人なんで別に怖くはないが、本格的な所作など知らないので、合気道やっていた、は通らなくなるな、と思ったりしている

「あんたは、合気道を嗜むと聞いている。この男は自衛隊の空挺団で新格闘術を始め、合気道、空手、柔道などを身に着けている。ひとつお手合わせ願って、あんたの人となりを見極めさせて頂きたい」とっても断るなんてできない雰囲気だ
「いやぁ、わざわざ人様にお見せするような腕前ではありませんし、特に流派などのない自己流ですから、と言ってもなにもしないで失礼する訳にもいかんでしょうから、やりましょうかね」などと、らしく応答して、道着を手に取ってみて、どこで着替えましょうかと、N絵嬢を見やる
「失礼いたました。あちらの衝立の陰でお召し替え下さい」そう言って、部屋の隅に立っている虎の絵の衝立を指し示す

どうにかこうにか道着を着用して(袴は動き辛そうなのでやめておく)、衝立の陰から出ると大男がいわゆる自然体で部屋の真ん中に立ってこちらを見ている
「じゃあ、よろしく」と言って、こっちは超人なんだから、この男を怪我させない程度にやるには、どうしたもんかな、などと呑気に部屋の真ん中に歩み寄ると、大男が「B東、参る」と言ったと同時に、素早くこちらに接近する
「いやーっ」と、裂ぱくの気合をかけ、右手をすごい速さで伸ばして、私の左袖を掴みにかかる
これまで、砂漠のゲリラや(や)の連中と闘ったことはあるが、このように習練した相手と手合わせをしたことがない。なので、その気合にびっくりして、思わず制限しない速さでその手を払い退けてしまった
バチッと激しい音が響いてその瞬間、大男が右手を抱え込むようにして、畳の上に転がり、苦痛の声をもらす
「それまで!」老人が、甲高い声で試合を制止する
posted by ミスターK at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年06月19日

熟年超人の日 stage3 46

時計が6時55分になったとき、襖の向こうに人の気配がして「お目覚めですか?」と涼やかな声がする
「はい」と返事をすると、昨夜の食堂で御館様が朝食をご一緒に、と申しておりますのでと、声が答える
「着替えましたら、伺います」と返事をすると、ご朝食は和風でよろしかったでしょうか?と言う声に「ええ、それでお願いします」と答えておいて、ささっと部屋の外を透視する。調理場と思しき一角で作業をしている昨夜の料理人と、廊下を遠ざかっていくいかにも秘書然とした女性、食堂の入口に立っているT堂氏らしき人影、食堂に座っている小柄な人影(恐らく御館様)、その横に立つ背の高い人物…で、全員のようだ
昨夜2時過ぎに到着したGスーツの自動タイプは、屋敷近くの森の中で一番高い、大きな杉の木の梢にグリーンマン形態のままスタンバイしてある

ところで、用意されていた肌触りの良い、いかにも高価そうなパジャマから、ここに連れて来られた時のままの、自前の服(スポーツシャツ、チノパン、吊るしの春物ブレザー)に着替えて姿見に映すと、若干の気後れが否めない
自身、あまり服装や住まいに頓着しない性格だと思っていたが、所詮、そんなに気になるような場所に出る必要がなかっただけで、こういう趣味の統一に金のかかった世界に放り込まれると、居心地が悪く、ややもすると心に卑屈の影が差すのだと、気付かされる
そんなネガティブ気分を振り払って、食堂に向かう。「おはようございます」と声をかけて、入口に立っているT堂氏に軽く頭を下げながら食堂に入る
長方形の大きな食卓の一番奥に、この家の主である老人が座っていて、傍らに背の高い若い男が立っている。T堂氏に勧められるがままに、入口側の席に着く。私の席の隣りは、あの若い女性だ

「どうかね、よく眠れたかね」少しかすれた声で、老人が私に訊ねる
「はい、良く眠れました。ありがとうございます」相当強引に連れて来られたことは気にしていない、という風に努めて明るい声で返答する。そこに、昨夜の料理人がサービスワゴンを押して入って来る。T堂氏と二人で、席に着いている私たちに朝食をセッティングする
老人には白磁の器に入った粥のようなものと、果物(いちじく?)を、秘書スタイルの若い女性(N絵さんだったか)には、スープとこんがり焼けたトーストとジャムとバター、野菜サラダ、私には鯵の開きを炙ったもの、山葵添えのかまぼこ、みそ汁、ご飯が用意される
「さあ、頂こうか。あんたもどうぞ」老人が声を掛けて、朝食が始まる

「すばらしいお住まいですねぇ」なにか言った方が良いかと、私から切り出す(ちょっと遜り過ぎかな)
「...」老人は無言でれんげを使って粥を食べている
「御館様は、お食事後にA様と時間を過ごされたいと申しておりますので、よろしくお願いします」N絵が代わりに話しかけてくる
「あ、はい、分かりました」そうか、この老人は食事中には喋りたくない、という訳か
お代わりを勧めてきた料理人に、もう充分頂きました、と辞して食事を終える(老人はお茶をN絵はコーヒーを飲んでいる)
「どうぞ、ごゆっくり」と言って老人が席を立つ。背の高い若い男と、N絵が両側にそっと付いて食堂を出て行く。私は、それから少し遅れて、T堂氏が淹れてくれたお茶をゆっくり頂き、T堂氏と料理人の二人に労いの言葉をかけることで、この先の予定が無いことを確認した後、一旦部屋に戻ることにする

朝の陽光が射す廊下を歩きながら、右側のガラス窓から見える日本庭園に改めて目をやる
昨夜は暗闇を超人眼でチェックはしていたが、この緑鮮やかな初夏の庭園の調和の取れた美しさは、やっぱり日本人の心に響くなぁ、と感心。布団が片付けられた部屋に戻り、高級日本旅館に似た室内を、改めて見廻すと必ずあるはずのテレビがないことに気付く
さあ、これからどうなる。Gに逢いたいと言っていたので、わざわざ呼び寄せておいたが、そのことには触れていなかった。一緒の時間を過ごしたい、って言っていたけど…。
もう帰っていいよ、と言われたら、どうやって帰ろうか。まさか、歩いて帰れとは言われないだろうが(そう言われたって困らないけど)、ここまで気を持たせてくれたんだから、手ぶらはないだろ、などと座布団に胡坐をかいて考えていると、廊下を近づいて来る人の気配がする。やれやれ、どうやらお呼びがかかったかな…
posted by ミスターK at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年06月15日

熟年超人の日 stage3 45

「すみませんね、こんな遅い時間にご厄介になってしまって…」若い女性が相手だと、つい余計なセリフが出てしまう
「いいえ、こんな夜遅くにお招きしてしまい、お詫び申し上げなければならないのは、私どもの方でございます。長旅をして頂いたのに、なにもございませんが、どうぞお召し上がりください」食卓には、山菜を使った前菜らしき長方形の皿と、伏せられたグラス、箸などがセットされている
そこへ白衣の料理人が、山女魚らしき川魚の塩焼を持って来る。和服の女性は席を離れたかと思うと、ビール瓶を持って来る。こんな真夜中に、宴会でも始まりそうな勢いではあるが、残念ながら超人化している私の口中には、唾も湧かず、グラスのビールも単なる水分補給でしかない

そうは言っても、疑われてはならぬとせっせと箸を動かし、それなりに舌鼓を打ち、何杯かグラスを傾ける努力は惜しまない私ではある
食事が終わり、寝床が敷いてある部屋に落ち着いたときには、もう1時半を廻っていただろう。それまでお付き合い頂いた着物の女性(美女だよな?)も退がり、やっと一人になれる
しかし、あの女性(N絵さんと言っていた)曰く、御館様が初対面の人(つまり私)に向かって「あんた」と呼ぶのは、今まで一度も聞いたことが無いと言う。普通は、貴方と呼ぶか名前を呼ぶだけで、特に相手にしたくないときは、なにも呼びかけないらしい

布団に入って、寝る前に再度周囲偵察(屋敷内にはなんの動きもないが、四方のトーチカでは何人かと電子機器が活発に動いている)と、部屋内外の聴き耳、透視と、ひと通り試みて脅威はないと判断
それから、仰向けに寝たままの姿勢で、かけているメガネの右縁(蝶番)を右人差し指と親指で摘み、アパートに置いて来たGスーツに稼働指令を送る
続いて、右耳側の針金部分(テンプル)を、指でトントントンと軽く三回叩く。これで、スーツ形態になったGスーツは透明化した上で、開けておいた梨畑側の窓からそっとと出て、200qほど離れたこの屋敷を目指して、誰にも見つからないよう工夫しながら、20分ぐらいで飛んで来るはずだ

その少し前、老人が寝ている部屋の襖が、静かに開いてN絵がするりと入って来た
「どうだった、あの男はもう休んだのか」身動きひとつせず、仰向けに布団に横たわっている老人が、これ以上ないほど静かに尋ねる
「おっしゃる通り、御館様に好意を持つよう仕掛けておきました」老人の寝床に滑り込んだN絵が、微かな吐息のような声で囁く
「よし。では明朝、朝餉をあの男と共にする」それだけ言うと、老人の鼻息がすーっすーっと規則正しく漏れ始め、N絵はしばらくそのまま添い寝をした後、そっと寝床を離れる

多少気にしていたジュブブからのレム睡眠通信もなく、よく寝ていた私が目覚めたのは、屋敷内の気配が変わったからだと思う
この時代劇にでも出て来そうなお屋敷で、あの剣術の先生みたいな雰囲気の老人と話していたせいか、自分が歴史ドラマの主人公になったような気がする。それだからか、規則正しい呼吸音が耳につき、正確な人の反復運動が、最近は寝ていてもオンになっている周囲偵察感覚に作用する
なんとなく武芸者のような感覚で、すっと布団から身を起こすと、襖の向こうで「お目覚めですか」と声がする。どうやら、隣りの部屋に待機しているのはN絵のようだ。なんと、今まで気が付いていなかった!

「はい」と返事をすると、「今しばらくしましたら、朝食の用意が出来ますので、それまではお部屋でお休みになっていてください」と女が答える
もう、眠気(ありがたいことに超人になっても眠気は訪れてくれる)は飛んでいたが、ここは大人しく布団の中で待機させて頂く。代わりに透視眼で、さっきから周囲偵察感覚にぴんぴん来ている、反復運動の人物を探してみる
すると、かの人物(恐らく例の老人)がこの屋敷の中庭らしきところで、なにか棒状のもので、素振りをしているのが見える。気合は発していないが、呼吸に一瞬タメが入り、次の瞬間素早く棒が振り下ろされ、すぐに元の姿勢に戻る、ということを5秒間隔で繰り返し、続いて腰に棒をあてがい、素早く前に振り出す動作を20回続けた後、棒を腰に戻して、10秒ほど直立静止してから力を緩める
見ていて、こちらも緊張してしまうほどの、静かな迫力である
posted by ミスターK at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年06月10日

熟年超人の日 stage3 44

「それなんですが、実はうまくいっていないんです。つまり、社内の意見統一がまだ出来ていないようでして…」本当のところ私は困っているから、つい本音が出てしまう
「そうか、T電の今の社長はN見山だったな。あいつは収束派だったと思うが、このまま金を遣っていてもらいたい連中も多いようだからなぁ。そこへ持って来て、政府内でも今回の件では、意見が分かれているから、Aさん、これはこのままだと、時間が掛かるな」前半はT堂に確認するように話しかけながら、後半は私に言い聞かせている
「そうですか…。まあ、そうだろうな、とは思っているんですが」とにかく、大きな案件を推進しようとすると、大会社ってやつは、その案件の良否より、その賛否が自分にどう跳ね返って来るかの、判断を優先するから、必ず組織内でもめる。これは、人間社会の宿命みたいなもんだな、と思いながら、自分がそんな風に考え方をしていることに少なからず驚いてもいる

「お困りなら、わしから一言いってあげても良いのだが、Aさん、あんたはそれを望むかな?」気が付くと、老人は眼を伏せて、なにか考え事をしているような調子で、ぼそぼそそう言う
「は、そうですね、どちらにしても、進展してくれないと。いつまでもグリーンマンさんを待たせておくのもなんですからねぇ」どうやら政財界に影響力のありそうな人物だと確信した私は、ここが突破口だと判断し、お願いしてみることにする
「なら、あんたを信用させて頂こう。どうかな、そのグリーンマンやらいう宇宙人を、わしに逢わせてくれんかな」おっと、そう来たか、と私は緊張する。この話しの流れでは、今、ここに呼んでくれ、と言われかねないし、そうなると一人二役が露呈してしまう

「ええ、そうですねぇ、お逢い頂けるように計らうことは可能なんですが…。なんでも彼は、第13星系区管理官とか言って…、いやこれはテレパシーと言うんですか、頭の中に浮かんだ彼の説明ですが。そもそも、その任務中にこの地球でトラブルにあったところを私が…」ちょっとしどろもどろになる私
「それで、あんたが助けてやって、その宇宙人が恩義を感じた、という訳なんだな。では、そのテレパシーであんたは今ここで、その宇宙人と連絡が取れるのかな?」見た目、80才くらいに見える痩せた小柄な老人が、驚くべき頭の回転を披露して、私を追い込んで来る
「え、ええ、やれますけど、今、地球に近いところにいるかどうかは、分かりませんけど。いいですよ、やってみます」テレパシー中を他人に見せたことは、ない(って、できないし)ので、どんな風にすればいいのか一瞬迷ったが、要は心ここに非ず的なところを見せればいいだろう、と腹を括った私は、どうせならこの老人の屋敷を周囲偵察で存分に視ることにする

そこで分かったのが、この屋敷の四方に配置されているトーチカのような建物は、地上3階地下3階の構造で、地下2階同士はそれぞれ通路があり、いずれもこの屋敷と通路で結ばれていること。この屋敷も純日本風建築の外見ではあるが、やはり地下2階まである構造になっていること。4つのトーチカの地下3階は、発電機や空調などのそれぞれ独立したライフラインを構成していて、この屋敷が相当強大な軍事力で攻撃されても、かなりな時間耐え得ることなどである
その間の私は多分、虚ろな表情をしていたのだろう、周囲偵察を終えて意識をこの場に戻すと、興味深そうに私を眺めている老人と、T堂氏、そして例の和服のきれいな女性の少し心配そうな眼差しがあった

「すみません、随分遠くにいるみたいで、今やっていることを中断して地球に来ることにしても、明日になってしまうということですが…」と、適当に答える
「ふーん。あんたがテレパシーをするというのは、本当なんだな。確か以前会った、ワイなんとかいう科学雑誌の編集長の、話の通りだった」老人の瞳が活気を帯びて輝く
「では、明日ということで。N絵、Aさんに夜食とお泊りの支度を」それだけ言うと、老人は組んでいた胡坐を解いて、いとも静かに立ち上がると、部屋の横手から出て行ってしまう(よいしょも、どっこいしょの掛け声も無くである。なんだかこの老人の方が超人だな、と感じ入る)
「それではAさま、こちらにどうぞ」若く美しい女性の声に、素直に従って廊下に出る。入って来た玄関側に戻りながら、左側に立派な日本庭園があることに気付く。二間ほど過ぎて通された部屋は、畳敷きに食卓と椅子がセットされた和様折衷な設えで、ここが食堂の間なのか、と思う
その時、部屋の壁の柱時計がボーン、ボーンと鳴り始めた。見ると長針と短針が重なり12時を告げている
posted by ミスターK at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年06月08日

熟年超人の日 stage3 43

T堂氏はその場に立ったまま動かないので、私は靴を脱ぎ、いかにも銘木でございみたいな“上がり框”に、屋敷内への一歩を印す(素人目にも金のかかっていそうな屋敷の設えに、呑まれないようにしないと、と気を取り直した)
着物の女性がしとやかに誘う後姿に付いて、長い廊下を進んで行く間、それでも周囲偵察は怠らず、そうすることでこれから会う御館様とかいう大物(多分)との面談に、気構える。その結果、邸外の守りが過剰なほどの厚かったことに比べると、屋敷内は拍子抜けするほどがらんとしていることが判明する
どうやらSPらしき人物が、一人待機している部屋の隣の部屋に、先に入った女性が正座して、躊躇している私に、どうぞというように頭を下げる

「ご足労をかけましたな、どうぞお入り下さい」部屋の中から鉄錆びた声がかかる(きっと御館様だな)
失礼します、と言って部屋に入ると、紫檀とか黒檀と見える立派で重そうな座卓の向こうに、痩せてはいるが、なんだか活気のある年寄りが座っている
こうした、相手が初対面の社長級の人物に会う場合、こちらはそう張り合う気持ちを持たなくてもいいが、なにか見どころがあるところは、感じさせないといけない。しかも、相手の本丸(社長室とか)に通される場合、畏れ入っている雰囲気も見せつつ、呑まれていないところも見せるのだから、大変である
ただそれ以上に、本来的に相手が発しているオーラみたいなものがあるので、用意された分厚い座布団に腰を下ろしながら、私は位負けして、へへーっとなりそうなところで踏みとどまる

「貴方がAさんですか。今般のF原発事故の収束について、お力をお貸し頂いたようで、感謝してます」のっけから、こう来た
「あ、いや、私がやったという訳でもありませんので…」つい、しどろもどろになりそうになる。これはいかんと、態勢を立て直そうと顔を上げ、正面から相手を見返す
「ほほ、そうなのかね。貴方がやってくれた訳ではないと、そうおっしゃる」細めた眼がきらっと光る。そごい迫力だ
「そうなんです、彼はとても義理堅い宇宙人でして、私が彼の窮地を救ったことを、ずっと恩義に感じているようで、テレパシーでお願いすると、都合がつくときには私の頼みを聞いてくれるんです」あまり自信満々にならないよう、注意しながらそう説明する

「そうらしいですな。それで、あそこは、どうやって片付けるのか、貴方はご存知なのかな?」再び穏やかな、慈愛に満ちた目の色に戻っている。こういう人は、怖いということですね
「なんでも、タンカーの船倉に放射能汚染された一切合財を詰め込んで、太陽に捨てに行くと言ってましたが」
「ほほう、太陽に、ですか。そりゃいい。T堂、それが本当にできたら、廃炉問題どころか、核兵器処分だって簡単に片付いてしまうな」いつのまにか部屋に入っていたT堂氏が、大きくうなづく(それにしても、気が付かなかったなぁ…)
「それで、貴方がT電に出している仲介手数料の条件は、いかほどなのですかな」急に話が核心に急接近だ!

「もちろん、G、いやグリーンマンと言うんですが、彼が代償を求めている訳ではなく、この案件を仲介するに当って、以降の私や家族の身の安全を対価しようとなると、当面要るものはお金、ということでして…」
「いやいや、それはよく分かっております。貴方はこの仲介料で一儲けしようとされる方ではないようだ」
「そうなんです。ただ、すでに公安が私の身辺を守ってくれているというか、それなのに(や)の組織が、私の家族を拉致して、私をコントロールしようとしている動きもありました(ちらっと老人を見ると素知らぬ顔をしている)。
飛躍しているかも知れませんが、外国の諜報機関が、家族を人質に取ったりすれば、私としてはGに頼むことの内容が、必ずしも日本のためばかりとはならなくなりそうで、御館様ですか、御館様のようとは言えないまでも、家族を守る砦のようなものを至急用意したいと思っているんです」言いたいことを言ってやった

「それはそうでしょうな。ところで、S会の者にはきつく言っておきましたので、そちらはご心配なく。ただ、A国がすでにこの件で、政府にも正面切って申し入れをしてきておるようだし、C国もR国も、いやいや世界中が、ただならぬ関心を寄せているという話は既にわしのところにも入っておるのでな。それで、T電は素直に必要資金を出すと、言っておるのかな?」
posted by ミスターK at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年06月03日

熟年超人の日 stage3 42

「いや、これは恐れ入ります。申し遅れました、私、倭(ヤマト)の国浄化財団の、事務局長を務めさせて頂いておりますT堂と申します」そう言って下げた頭を上げると、微笑みを貼りつけた顔の中で、細まった眼が私の瞳の奥まで探るような眼光を放った。ほかの5人の男たちは、手を後ろで組んで、害意の無いことを示している
“倭・浄化”そうか、こいつは右翼の人間だな、と私は直感した。ならば、ここは丁寧な喋り方と、怖気ていない態度が大切になるはずだ(…と、小説や漫画で見たような知識が、たじろぎそうな私を支える)
「その浄化財団の事務局長さんが、私になんのご用でしょう」いざとなったら、ここを突破して帰ることもできると確信しているから、我ながら落ち着いた応対が出来ている
「あ、その前に、その男の手当てをしてやっても宜しいでしょうか」相変わらず微笑みながら、奥底にどすを効かせた声で、表面は穏やかに話しかけてくる

「ああ、これは失礼。手を折ってしまって、すみませんね」前半部分は事務局長と名乗った男T堂に、後半はナイフ男(…以前、組の事務所を襲撃したときに、Gだった私と真正面から渡り合った奴だ)に声掛けする
鋭い目つきでこちらを睨みながらも、一応頭を軽く下げたナイフ男に、SUVに乗っていた若い男が駆け寄ると、それは手で制して、案外しっかりした足取りでSUVに向かう
「あ、あのぅ、私は、もう失礼して、良いんでしょうか…」この場に居ながら、蚊帳の外に置かれていた探偵屋が、おずおずと口を挟む。T堂が軽くうなづくと、男たちの中の一人が、かなり厚みのある封筒を内ポケットから出して、探偵Sに渡す
「お分かりでしょうが、この場のことは県警のご友人には、お話しになりませんよう。些少ですが、しばらくお仕事をお休み頂けるよう、金額を用意しましたので」有無を言わせない口調で、T堂が念を押し、封筒を出した男に、車で探偵屋の事務所に送るよう指示をする

「お宅さまは、こちらの車にお乗り下さい」T堂がそう言うと、私の左右に男が二人で挟むように寄り、さらにもう一人が鋭い眼差しで、こちらの動きを注視している
正直、こんな連中を蹴散らすのは簡単だが、ちょっと時代離れした“御館様”とやらに、逢ってみるのも今後の役に立ちそう、と思った私は、(意識的に)緊張感を漂わしながら、あくまで一般人らしく、ランクルらしき大型車に乗り込んだ
隣りにはT堂と名乗る男が乗り込み、その場に居た全員がさっと3台の乗り込む。驚いたことに、無関係かと見えた4台目の車にいた人物が、無線機のレシーバーに向かって「撤収します」と報告する
この組織の統率度と、報告先がさらにある訳だから、その規模が知れなくなり、こりゃただの右翼さんじゃないぞ、と気が重くなる

車は、この場から一般道を南下して、やがて湾岸高速道のインターを入り、高速道路を乗り継いで東に向かう
スピードを上げて走る車内で、私はややうつむき加減に顔を伏せ、周囲偵察でこの集団の戦力を把握しようと試みている
「ご心配なさらずとも、御館様はA様に伺ってみたいことがお有りなだけで、なにも危害も加えることなど、お考えではありませんから」T堂氏は、私を安心させようとしているのか、威嚇しようとしているのか、よく分からないが、とにかくこういう場数を数々経験しているという、空気感がある
ここは相手に組し易し、と判断させておくのが上策と踏んで、ただ無言でうなづくだけにしておいて、周囲偵察に専念する。結果、前を走る車に2名乗車、いずれも拳銃携帯。この車の運転手と助手席は拳銃携帯、T堂氏は丸腰。後ろに続く2台のうち1台は拳銃を携帯した男2名、最後尾の車は丸腰の運転手1名のみ、といったところだ

東名御殿場インターで高速を下りて、今度は北に向かう。どうやら富士山の東側に向かっているようだ
こういった展開でよくある目隠しもなければ、脅しもない。とにかく、T堂氏は話し好きではないようで、ただひたすら、ランクルの後部座席に座っているだけなので、手持ち無沙汰の私としては、超人眼で車内をくまなく観察して、座席の下のボックスに、折りたたまれた自動小銃らしきものがあるのを見つけたり、車の二人の男は防弾チョッキらしきものを身に着けているとか、隣りのT堂氏の携帯は、一風変わった形をしていることなどを確認していた
やがて、富士山の裾野の森らしき道から、大きな鉄柵の門(車が近付くと、自動で開いた)を車のまま入り、恐らく敷地内の道をしばらく走った後、土塀と大きな門のある屋敷の前に停車した
ここまで入って来る前に、小山のような(或いはトーチカのような)ものが、ひとつふたつ見え、周囲偵察で調べると、目の前の大きな屋敷の四方に、そのような陣地(というのが正しいだろう)が在り、電気を多く使う設備と要員が、それぞれに配置されているのがわかった

助手席の男に先導され、先を行くT堂氏の後に続いて、門から玄関に続く飛び石(伝石だっけ?)を踏んで歩きながら、その規模の大きさに圧倒されている、庶民の私
玄関に着くと、開け放たれた玄関座敷に着物の女性が、いわゆる三つ指をついたお辞儀をしているではないか。こんな礼儀をするような処に、行ったことがない私としてはつい、どぎまぎ状態に陥ってしまい、相手のペースに乗ってしまいそう、である
posted by ミスターK at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説