2018年06月15日

熟年超人の日 stage3 45

「すみませんね、こんな遅い時間にご厄介になってしまって…」若い女性が相手だと、つい余計なセリフが出てしまう
「いいえ、こんな夜遅くにお招きしてしまい、お詫び申し上げなければならないのは、私どもの方でございます。長旅をして頂いたのに、なにもございませんが、どうぞお召し上がりください」食卓には、山菜を使った前菜らしき長方形の皿と、伏せられたグラス、箸などがセットされている
そこへ白衣の料理人が、山女魚らしき川魚の塩焼を持って来る。和服の女性は席を離れたかと思うと、ビール瓶を持って来る。こんな真夜中に、宴会でも始まりそうな勢いではあるが、残念ながら超人化している私の口中には、唾も湧かず、グラスのビールも単なる水分補給でしかない

そうは言っても、疑われてはならぬとせっせと箸を動かし、それなりに舌鼓を打ち、何杯かグラスを傾ける努力は惜しまない私ではある
食事が終わり、寝床が敷いてある部屋に落ち着いたときには、もう1時半を廻っていただろう。それまでお付き合い頂いた着物の女性(美女だよな?)も退がり、やっと一人になれる
しかし、あの女性(N絵さんと言っていた)曰く、御館様が初対面の人(つまり私)に向かって「あんた」と呼ぶのは、今まで一度も聞いたことが無いと言う。普通は、貴方と呼ぶか名前を呼ぶだけで、特に相手にしたくないときは、なにも呼びかけないらしい

布団に入って、寝る前に再度周囲偵察(屋敷内にはなんの動きもないが、四方のトーチカでは何人かと電子機器が活発に動いている)と、部屋内外の聴き耳、透視と、ひと通り試みて脅威はないと判断
それから、仰向けに寝たままの姿勢で、かけているメガネの右縁(蝶番)を右人差し指と親指で摘み、アパートに置いて来たGスーツに稼働指令を送る
続いて、右耳側の針金部分(テンプル)を、指でトントントンと軽く三回叩く。これで、スーツ形態になったGスーツは透明化した上で、開けておいた梨畑側の窓からそっとと出て、200qほど離れたこの屋敷を目指して、誰にも見つからないよう工夫しながら、20分ぐらいで飛んで来るはずだ

その少し前、老人が寝ている部屋の襖が、静かに開いてN絵がするりと入って来た
「どうだった、あの男はもう休んだのか」身動きひとつせず、仰向けに布団に横たわっている老人が、これ以上ないほど静かに尋ねる
「おっしゃる通り、御館様に好意を持つよう仕掛けておきました」老人の寝床に滑り込んだN絵が、微かな吐息のような声で囁く
「よし。では明朝、朝餉をあの男と共にする」それだけ言うと、老人の鼻息がすーっすーっと規則正しく漏れ始め、N絵はしばらくそのまま添い寝をした後、そっと寝床を離れる

多少気にしていたジュブブからのレム睡眠通信もなく、よく寝ていた私が目覚めたのは、屋敷内の気配が変わったからだと思う
この時代劇にでも出て来そうなお屋敷で、あの剣術の先生みたいな雰囲気の老人と話していたせいか、自分が歴史ドラマの主人公になったような気がする。それだからか、規則正しい呼吸音が耳につき、正確な人の反復運動が、最近は寝ていてもオンになっている周囲偵察感覚に作用する
なんとなく武芸者のような感覚で、すっと布団から身を起こすと、襖の向こうで「お目覚めですか」と声がする。どうやら、隣りの部屋に待機しているのはN絵のようだ。なんと、今まで気が付いていなかった!

「はい」と返事をすると、「今しばらくしましたら、朝食の用意が出来ますので、それまではお部屋でお休みになっていてください」と女が答える
もう、眠気(ありがたいことに超人になっても眠気は訪れてくれる)は飛んでいたが、ここは大人しく布団の中で待機させて頂く。代わりに透視眼で、さっきから周囲偵察感覚にぴんぴん来ている、反復運動の人物を探してみる
すると、かの人物(恐らく例の老人)がこの屋敷の中庭らしきところで、なにか棒状のもので、素振りをしているのが見える。気合は発していないが、呼吸に一瞬タメが入り、次の瞬間素早く棒が振り下ろされ、すぐに元の姿勢に戻る、ということを5秒間隔で繰り返し、続いて腰に棒をあてがい、素早く前に振り出す動作を20回続けた後、棒を腰に戻して、10秒ほど直立静止してから力を緩める
見ていて、こちらも緊張してしまうほどの、静かな迫力である
posted by ミスターK at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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