2018年06月26日

熟年超人の日 stage3 47

「お待たせいたしました」N絵と老人が呼んでいた女性の声だ。襖越しに透視すると、さっきまでのしとやかな着物姿から、作務衣姿に変わっている
「はい」と返事をして、部屋を出てN絵さんの後ろに付いて、左手に日本庭園を眺めつつ長い畳廊下を歩くと、先ほどの食堂も過ぎ、さらにその先を右に曲がったところにある部屋に入って行く
この部屋は板戸になっていて、長押のところに『鍛錬室』と書かれた額が飾ってある(鍛錬室…?)N絵さんに続いて部屋に入ると、朝食の時、老人の傍に立っていた背の高い男が、柔道着のような衣装で入口脇に正座している
昔、学校の柔道部で見たような塩ビの畳(柔道畳)が敷き詰められた、16畳ほどの部屋の正面奥に、老人が同じような道着に黒い袴といった格好で、こちらを向いて正座している。その背後は板戸が開け放たれていて、中庭が見えている。左右の板壁には、木刀が数本と薙刀、タンポ槍などが架かっている

「さ、どうぞこちらに」老人が、部屋の真ん中の右側を手で示す。なにやら腕試しでも始まりそうな雰囲気
危惧した通り、私が部屋の真ん中右寄りに進むとほぼ同時に、入口に正座していた大男が立ち上がって、私に正対するように立つ。私は、昨夜のままの恰好だというのに…
「A様には、合気道の道着でよろしければ、こちらに用意いたしましたので、どうぞお召し替え下さい」と、N絵が黒くて浅い箱(乱れ箱、というらしい)に入った白い道着の上下と、黒い袴、黒帯の揃ったものを私の前に置く
「これは、今から柔道の稽古でも始まるんでしょうか」一応、とぼけてみる(内心では、超人なんで別に怖くはないが、本格的な所作など知らないので、合気道やっていた、は通らなくなるな、と思ったりしている

「あんたは、合気道を嗜むと聞いている。この男は自衛隊の空挺団で新格闘術を始め、合気道、空手、柔道などを身に着けている。ひとつお手合わせ願って、あんたの人となりを見極めさせて頂きたい」とっても断るなんてできない雰囲気だ
「いやぁ、わざわざ人様にお見せするような腕前ではありませんし、特に流派などのない自己流ですから、と言ってもなにもしないで失礼する訳にもいかんでしょうから、やりましょうかね」などと、らしく応答して、道着を手に取ってみて、どこで着替えましょうかと、N絵嬢を見やる
「失礼いたました。あちらの衝立の陰でお召し替え下さい」そう言って、部屋の隅に立っている虎の絵の衝立を指し示す

どうにかこうにか道着を着用して(袴は動き辛そうなのでやめておく)、衝立の陰から出ると大男がいわゆる自然体で部屋の真ん中に立ってこちらを見ている
「じゃあ、よろしく」と言って、こっちは超人なんだから、この男を怪我させない程度にやるには、どうしたもんかな、などと呑気に部屋の真ん中に歩み寄ると、大男が「B東、参る」と言ったと同時に、素早くこちらに接近する
「いやーっ」と、裂ぱくの気合をかけ、右手をすごい速さで伸ばして、私の左袖を掴みにかかる
これまで、砂漠のゲリラや(や)の連中と闘ったことはあるが、このように習練した相手と手合わせをしたことがない。なので、その気合にびっくりして、思わず制限しない速さでその手を払い退けてしまった
バチッと激しい音が響いてその瞬間、大男が右手を抱え込むようにして、畳の上に転がり、苦痛の声をもらす
「それまで!」老人が、甲高い声で試合を制止する
posted by ミスターK at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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