2018年08月04日

熟年超人の日 stage3 53

「お待たせいたしました」N絵が細身の小ぶりな脇差をうやうやしく老人に差し出した。老人はそれを受け取ると、すらりと刀身を抜き放ち、刃紋に目をやると、頷いて再び鞘に収める
「では、手合わせを願おうかの。わしも最近は力が弱ってなぁ、この軽い奴で居合い抜きの真似事くらいしかできんのだよ。悪いが、これでやらせてもらうよ」と、こいつはどう見ても真剣だ
「本物の刀ですよね、それは」ホント、私が超人でなかったら、びびってしまって大変ですよ
「ああ、そうだよ。構わんだろう、こいつで」老人の嬉しそうな顔を見るのは初めてだ

では、と老人が腰に脇差を差し、すっと立ち上がる。少し前かがみだった姿勢が真直ぐに伸びる。それから部屋の真ん中にすすっと進み出ると、腰を少し落として軽く捻り半身に構える
私も部屋の中央に出て、老人が半身に構えたのと同時に、少し腰を落として身構える。別に、同構えてもほとんど同じかと思うのだが、こっちの方が本物っぽいし、老人の動きに対応し易そうだから
老人が真剣の居合いで挑んできたので、私としては老人が動きかかった瞬間に懐に飛び込んで、遺愛抜きをしようとする、その手を押さえて、勝負あったにするつもりだ
しかし、こうして見合ってみると、習練を積んでいるその道の達人の気迫というものはもの凄く、超人のスピードをもってしても、老人の手が動く瞬間に間合いを詰めて、刀の柄にかかった手元を、押さえることが出来るのか、不安になってくる

そこで、作戦を変えることにする。手の動きの前に、呼吸や脈拍に変化があるはず、と注意点を変更した
しかし、老人の呼吸も脈拍も穏やかで、変化の予兆が掴めない
そこで、B東氏に倣って気合をかけてみる
「ぃやあー!!!」超人になってから、大声を出してみたことがなかったが、我ながらとんでもなく大きい声が出た。護衛役の若い隊員がびくっと身震いして、思わず身構える。心拍数も上昇、呼吸も早くなる。それは、T堂氏もN絵さんもやや抑え気味とはいえ、緊張感が増しているのが分かる
ただ老人は、それでもなんの変化もなく、そこに立っているだけ…と、見えた瞬間、呼吸がぐっとつまった
その瞬間、迷いなく老人の腹の辺り目がけて、超人力全開で接近する
そんなに早く動いたことがなかったので、どうやってその動きを止めて、老人の手を押さえるのか、考えは付いていかなかった

ただ、老人の体の動きにゆらぐ空気を感じるのと、老人の捻られた腰が更に深く捻られて、押さえようとした老人の手が、私の手から逃げるようにしながら、素早く刀の柄を握り、裂ぱくの気合と共に、白い刀身を引き抜くところが見えた
そこからは私のスピードが勝り、手ではなく右肘を私の手が押さえる形で、勝負が着いた
老人は刀を抜きかけの状態で動きが止まり、私は抑えた右肘から手を離すタイミングを計りかねていた
しばし、と言っても2秒間ほどして、老人の力が抜け、私も離した手を攻守どちらでも対応できそうな形に戻せた(この緊迫感からすると、次の攻撃があることも考えられると判断)

「はっ、いや、素早いなぁおぬしは。わしが、もう少し若かったら、もうちょっと先まで見せられたものを」と、老人が笑いながら完全に刀身を鞘に収めた後、左手で腰から抜き出して寄って来たN絵に渡す
「いやぁ〜、どっきりしましたよ。すぱっと切られてしまうのかと思いました」思わず、本音の言葉が出てしまう
「なんのなんの、おぬしの手加減がなかったら、わしなんぞすっ飛ばされておったわ」楽しそうに笑う老人を、N絵とT堂氏が嬉しそうに見ている
posted by ミスターK at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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