2018年08月28日

熟年超人の日 stage3 55

Aの妻M代は、引き落としばかりが記載された通帳を眺め、ため息をついた。夫が、それまで勤めていた会社を定年退職してから、次の就職も決まらないままもう3月が経っている
頼みの年金は、65才にならないともらえないから、どこかに再就職すると言っていたが、もう夫の年になると企画系の仕事は見つからず、と言って飲食店の手伝いや交通整理や新聞配達は体がもたないと、応募もしないし、今更タクシー免許を取りに行くのもなあ…などと言って、いっかな腰を上げようともしない
そのうち自分は超人になった、とか、F原発の問題を解決して、東京の電力会社からお金をもらえるようになったと、自慢そうに話していたが、いつになってもそんなお金が入ったという話はない

今こうして、長男のマンションの居間で、孫のT哉の寝顔を眺めながら、思い返すと二人が知り合い職場結婚した大手旅行会社を、夫が突然辞めて音楽出版会社に移った時は、結婚して2年、長男のT彦が生まれて、まだ1年もしない頃だった
これからは音楽が人生を輝かせるんだ、と言って目を輝かせていた夫は、関西で大きな地震があってしばらくした頃、その音楽出版社に突然辞表を出すと、仕事で付き合いのあった印刷会社に籍を移した
その時は、考えがあって印刷会社の仕事を覚えたいんだ、と言っていた夫だったが、事実3年もしたら、もう仕事は覚えたと言って、出資者を見つけてタウン誌を出版することになっていた
その時も、これからは身近にある情報がお金になるんだ、と興奮してわたしを説き伏せたっけ…。そのタウン誌経営の3年間は、特に休刊に至る2年目と、会社をたたむ最後の1年は大変だった

それまで、普通の中堅企業のサラリーマンの家庭で育ったM代にとって、お金が無い、ということの意味を、思い知らされる2年間だったが、それも今となっては笑い話になりそうなエピソードが散りばめられた思い出でもあった
いつも安定している状態が続くと、思いつきの実践に向かう夫の性癖に、悩まされはしたが、根が明るい自分であり夫であり、素直に育ってくれた二人の子どもに恵まれたこともあって、最近はこのまま夫婦で年を重ねられそうな気がしていたのだが、どうやらまた波乱の展開になりそうな予感がするM代だった

その時ぐずり始めたT哉の、オムツを取りに立ち上がったM代は、生来のポジティブさで、今度こそ夫がうまくやってくれるだろうと思い込むことにして、保育園待機中の孫の世話に神経を集中させた

同じ頃、T哉の母親であり、息子T彦の嫁のK子は、大都市のY市に洒落たオフィスを構えているIT企業で、顧客からの質問に答えるという役割を果たしていたし、息子のT彦はこの海に囲まれた方のY市にある、N電子の研究所の会議室で、部下の研究成果発表のサポート役を務めていた

[ 5月10日pm2:20 A国大使館7階談話室 ]
『で、どうなんだ、本国(アチラ)の様子は?』コーヒーの最後の一口をゆっくり空けながら、ジョナサン・ハドソンが訊く
『共和党の候補があの男に決まったようだから、現大統領や民主党の重鎮たちは、これで彼女に一本化できれば、もう勝ったようなものだと言っているらしい』エネルギー省から資源担当オフィサーとして着任したばかりのオーウェン・コンレーが、コーヒーカップの中を見つめながら答える
現大統領と同じ民主党の有力大統領候補、初の女性大統領が誕生すれば、政府の陣容にさほど変化はないはずで、なんとなく様子見的になっている日本政府の原発廃炉対策については、大筋容認の動きになるだろうと二人とも読んでいる

『おっ、なにを話し込んでいるのかな、お二人さん』陽気な声を掛けてきたのは、デスモンド・ブライト調査官だった
『いやぁ〜、なんとなくこのところの本国の有り様をだね、俺たちで評価していたんだよ』ブライトとは顔なじみのジョナサンが、軽口を叩く
『本国の有り様、と言えば、あのお二人さんのレポートは、なかなかのものだったらしいよ』コーヒーサーバーからカップにコーヒーを注ぎながら、軽い口調でブライトが喋り出す
posted by ミスターK at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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