2019年02月08日

熟年超人の日 stage4 03

そうそう、こんな雰囲気だよな格闘マンガの出だしは…などと思い出し、ふっと口元が緩んだ
それが火を点けたのか、先輩格の男が私をじっくり眺めると「じゃぁ試したろか」と言う
若い方の男が先輩を見て「用意しますか」と答えた。リングの二人もサンドバッグとパンチングボールもこちらを興味津々で見ている
「お宅、なにか格闘技やってるの?」
「まあ、グレーシー柔術を少々」以前見た格闘技マンガの知識から答える
「ほぉ、そりゃ素人じゃないってことだ」眼つきが少し険しくなるが、私の外観からの印象がまだ作用している

「リングの上の方と、スパーリングできるんですか」すっとぼけてみる
「いやいや、そんなこと急には出来ないよ。まあ、やってみたいんなら、あそこのサンドバッグを叩くか蹴るかしてみてくれや」大分態度が横柄だが、怒らせたのがこっちだから文句は言えない
「じゃあ、この格好でいいんでしょうか」ちなみにその日の私は、秋らしさが増したその日の季節感を反映して、ダークグリーンのコーヂュロイパンツに、イエローオーカーの薄手のセーター、こげ茶のツイードジャケット(実のところ気温は全然気にならないので、服なんてどうでも良いのだが、大都会のN市に合せてちょっとお洒落したのだ)といういでたち
そして手にしたダッフルバッグに、着慣れた紺のジャージの上下が入っている

「その格好で?」先輩のあきれたような顔
「いやいや、持ってますよ、ほら、これに着替えますから」
「なら、さっさと着替えて。それと、これでお宅のレベルに納得いったら入会手続きの説明があるから」おいおい、まだ入会するなんて言ってないんだが、まあいいか、とその時の私は自分の超人力の調節を、どう乗りこなすかに気がいっていた
若い方がロッカールームを教えてくれたので、そこでジャージに着替え、皆のいるトレーニングルームに戻る
「自分は、インストラクターのO木です。お宅さんは?」客になるかも、と気付いたのかやや丁寧な応対になった
「Aです。Aと申します」簡潔に答える

「じゃあ、そっちのぶら下がってるサンドバッグを、Aさんが思うように叩くか蹴るかしてみて」そう言うと、若い方が持って来たクリップボードに鉛筆でなにやら書き込む
サンドバッグは、天井のレールから5本、太い鎖で吊り下げられていて、黒い表皮は革なのかビニールなのか、とにかくずっしりぶら下がっている
一応、後で古武道をやっていた、という種明かしをしたいので、サンドバッグを前にして、ちょっと腰を落とした格好で、それらしく構えてみる
それを見ても、インストラクターのO木氏は特に関心を示さず、じっと見ている(格闘技好きの中年のおっさんに見えているのだろう)

すっと息を吸って詰め、腰をきれいに回しながら右足で、かなり思い切り(超人力60%解放で)サンドバッグを蹴った。バシッと破裂音が響いて、サンドバッグが大きく揺れた
見ていたジムの全員が息を飲んだのが判った
続いて、左足で同じようにサンドバッグを蹴ると、前の衝撃と揺れるタイミングが合って、さらに振幅が増す
「ちょっ、…すみません、貴方、経験者ですね。キックじゃないと思うけど」思いがけないものを見て、O木氏が思わず、といった風で弾んだ声を出した
「古武道を少々学びました」そう、こういう応答を、してみたかったのだ
「今度は、リズミカルにやってもらえますか」古武道、には、さして関心を示さず、O木氏が真顔で言う

「フットワークをからめて、ということですね」こちらも一応調べてはきたので、そう答えてステップを踏みながら、サンドバッグに立ち向かう
動きながらとなると、ちゃんと練習してないのが分かってしまいそうなので、スピードも超人力開放度60%くらいで動きながら(残念ながらリズミカルにはできないが)、シュパッ、シュパッという感じで、左右のキックをサンドバッグに浴びせる
ピシッピシッという音が響いて、サンドバッグの表皮が弾けるように打撃が加えられているのが、その場にいた者の目にも見える。そして、動いている私のスピードが並大抵のものでないのが、誰にも判ったようだ

「すごいなぁ、お宅さん。こりゃ、こっちのレベルが知りたい、って言うの分かるわぁ」O木氏が心底驚いたという表情で声を出した
「スパーリングって、今やれるんですか?」誘いをかけてみる
posted by ミスターK at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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