2019年02月12日

熟年超人の日 stage4 04

ジムの中にいる、全員の眼つきが変わった。それまでの少し私を下に見ていたような視線が、食い付くような肉食動物の目になっている
「スパーリングは、ジムの会員で、一定レベルに達していると認定されてからやれるんだ。だから、まず入会手続きをしてもらわないと…」無理に自らに言い聞かせるように、インストラクターのO木が声を絞り出す
「ですから、ここがその入会に見合っているのか、そこを確かめさせて…」言いかけている最中に、スパーリングをしていた二人の、背の高い方がリングの上から大声を出した
「O木イントラ、俺その人のお相手しますよ!そこのAさんっていう人、スパーリングするなら、最低限ルール知っててもらわんといかんけど、大丈夫なんだよねぇ、その辺りはー」

「ああ、大丈夫ですよ。キックボクシングのルールは詳しくは知らないけど、相手に殴らせずにこちらのパンチやキックを入れられればいいんですよね」随分偉そうな物言いになったけど、こうでもしないと初対面でスパーリングなんてさせてもらえないだろうと、せいぜい演技する
「いいのか、T沢、来週試合あるんだろ」そう言いながら、O木氏はT沢という選手を止める気はないようだ
「じゃあ、上がって」相手をしていたスパーリングパートナーをリングから下りるよう促しながら、私をリング上に招き入れる
「どうもすみません、お相手よろしく。この格好で大丈夫ですか」O木氏に確認する(手には、さっきはめてもらった12オンスの練習用グローブ、足元はキックボクシングなので裸足だ)

「ええ、いいと思いますよ。さっきのお宅のパンチが打てるなら問題ないよ」ということなので、私はリングに上がった
O木インストラクターが、レフリーを務めてくれるようで、練習スパー用のヘッドギアもくれたが、とっても汗臭くて、着ける気にならない
「これ要らないんで」と言って断ると、相手のT沢選手もヘッドギアを外して、リングの下にいる後輩らしき人物に放り投げた。一気に雰囲気が険悪になった
O木氏が試合の注意をいくつかすると、ゴングが鳴り、はいっと私とT沢選手を試合わせる

T沢選手は、オーソドックスにグローブで顔をガードしながら、前かがみに私に迫って来る
一方、私と言えば、格闘技マンガからヒントを得たノーガードスタイルで、リング中央に突っ立っている
シュッと右足が私の左足を狙って蹴り出され、ほとんど同時に左ジャブが私の顔面に3発繰り出される
なかなかのスピードと迫力だが、超人の私にはさほどのスピードには見えなかったが、その攻撃をどう捌くかが難しい
いっそここは、老人の屋敷でB東さんに対したときのように、その足と手を払いのけようか、とも思ったが、それではわざわざキックボクシングジムに来た甲斐がない。そんなこんなで、ちょっと迷いながらの応戦になってしまった
それが良くなかった。一撃必殺の空手系のB東とは違い、キックボクシングは手数足数が多くて、どんどんくるから避けるのに手一杯になってしまい、試合の流れをリードできない。一、二発もらってみるのもアリかとも思ったが、なんとなく踏ん切りがつかない。そんなことを考えながら捌いているうちに、流した左足キックの後から、くるりと廻った相手の裏拳が飛んできて、右側頭部に被弾した

そのとき私の超人力が全開になり、この打撃を受け止めるべきか、受け流すべきかを判断する余裕が生まれて、一般人が観戦している中で、普通なら吹っ飛ぶほどの打撃を平然と跳ね返すのは不自然なので、受け流す方を選択、裏拳がヒットする寸前に頭を逃がして、後ろに重心を移動、結果、私は裏拳で後ろに大きく跳ばされた形になった
その手応えの無さは、相手のT沢選手だけが分かるが、周りで見ている者たちには分からなかっただろう
とにかく、これは良い経験になった。一定のルールに則って闘うスポーツ格闘技に、まともに付き合うには、ちゃんとした練習をしておくべきだが、その必要はない(競技を極めたい訳ではないので)
そもそも今回のチャレンジも、P連合をつぶしにかかる際に、暴力系の連中と渡り合うのに、うっかり相手を死なせないような手加減を覚えるために、というのがテーマだったのだから

ということで、ちょうど2分のゴングが鳴ったのでコーナーで小休止、相手のT沢選手を観察すると、いわゆる攻め疲れ状態で、呼吸が荒く、心拍数も相当上がっている
特に聴力感度を上げなくても、コーチ役の後輩が「最後のバックハンドブローは効いてますよ」と言っているのも、それに対して「いや、スウェーされてる」と返事を返しているのも聴こえてしまう
昔、格闘技マンガを読んでいた頃、こうした道場破りみたいなものに憧れていたが、そもそも超人と、鍛えているとは言え普通の人間との闘いなんてフェアじゃない、そう思うともうここはさっさと終わらせてしまうのが得策だと思った
次のラウンドが始まってすぐ、今度はこちらからささっと動いて、相手の顎先を狙って(ここに衝撃を加えると、脳が激しく振動して脳震盪を起こす、とマンガにあった)素早く右フックを放つと、的確にヒットし、相手は一瞬なにがあったんだ、と目を剥いてそのまますとんと後ろに倒れてしまった

その後、インストラクターのO木氏が懇願するのを何度もお断りして、ジムを後にした私は、真正面から真剣に闘おうとしていたT沢選手に申し訳なく、かなり気持ちが落ち込んでいた
posted by ミスターK at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説
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