2018年09月09日

熟年超人の日 stage3 56

『私の方と言えば、NRC(原子力規制委員会)の調査員という触れ込みで、F原発の関係者から事情聴取していただけだから、さほどの困難はなかったんだが、彼らは民間のオカルト誌の記者とライターという肩書だけで、日本警察はおろか、YAKUZAや歓楽街の怪しげな連中から、情報らしいものを刈り集めなければならなかったんだから、随分と大変だっただろう』カップに注いだコーヒーを見つめながら、静かに話し出すデスモントの口元を、ジョナサンとオーウェンは興味深く注視している

『私の調査は終わり、日本の原子力発電システムの建設から、今回の廃棄作業まで、文字通りゆりかごも墓場も作る羽目になった様々な立場の連中が見て、判断した宇宙人の話をまとめて国に報告書を送る前に、ちょうどN市から一旦戻って来た二人と、どうせならポイントだけでも情報交換しておかないか、と、こっちから持ち掛けてみたんだ。つまり、私もひっかかるところがあったんだ
もちろん、そんなことはすべきでないことは分っていたんだが、あまりにも私がまとめた報告書が現実離れをしているように思えたんで、論調を確認しておきたかったんだ。この件は我が国にとって、さほど重要なことではないという論調をね』

『彼らも用心しながらではあるが、同じような気分になっていたんだろう。じゃあ、ちょっとだけ情報交換しようか、ということになって、大使館から大分離れたSHIBUYAのIZAKAYAに行ったんだ』ここで一口コーヒーを飲む
『彼らの収集してきた話しは驚くべきもので、かけ離れた存在に思えていた宇宙人が、日本人の特定の人物を守るような行動を取っていたという事実。さらに原発への介入も、その日本人の指示あるいは依頼で動いていたということだったんだ。つまり、宇宙人と言いながらも、著しくこの国寄りな行動をするスーパーマンってとこなんじゃないのか、という疑惑に満ちていた、というのが彼らの印象だった』ジョナサンとオーウェンは、思わず顔を見合わせる

『詳しいことまでは打ち明けてくれなかったが、大体そういうことで、今度は私が彼らにネタを披露する番だ。まず、1万トンもある鉄製のフロートタンクを持って、空を飛び回ったことについて、日本人技術者たちは魅了され、そう文字通り魅了されたってこと。その宇宙人が話の分かっている奴で、そうどこか大手代理店の企画売込みみたいだったってこと。それから、物を大事に取扱い、周りの、つまりあの日原発作業所にいたみんなのことを気遣い、クレーンカーなども大切に移動させ、放射能まみれの破損した原子炉の中に入って、なにも壊さず、デブリを取り出してくれたことに、日本人を感じるって思った奴が何人も居たってことを話してやったら、顔色変えて、もう一度N市に行って来るって言って、また情報収集に戻って行ったんだ。それで私も、報告書の見直しと追記が必要になったて訳さ』そう言うことかと、大使館員と資源担当オフィサーはうなづき合い、それから週末に行くゴルフ場の話題に興味を転じた

*
*
[ 作戦本部東アジア部エージェント1208 トーマス・グラース 04ランクレポート ]同行者:情報本部東アジア分析部/ラトゥーヤ・コーカー

主題:同盟国日本に出現したグリーンマン(以下G)と呼称される地球外生命体、及び、Gと連携した場合の日本が包括する“我が国への脅威”の考察

20160421(Japan Time)日本入国後、大使館員のジョナサン・ハドソンと接触。以後、超常現象誌『パラノーマル・ライジング』の記者(L.C)とレグマン(T.G)のデイヴィス夫妻として調査行動開始
20160422(JT…以下略)東京よりN市に移動するためSHINKANSENに乗車した
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2018年08月28日

熟年超人の日 stage3 55

Aの妻M代は、引き落としばかりが記載された通帳を眺め、ため息をついた。夫が、それまで勤めていた会社を定年退職してから、次の就職も決まらないままもう3月が経っている
頼みの年金は、65才にならないともらえないから、どこかに再就職すると言っていたが、もう夫の年になると企画系の仕事は見つからず、と言って飲食店の手伝いや交通整理や新聞配達は体がもたないと、応募もしないし、今更タクシー免許を取りに行くのもなあ…などと言って、いっかな腰を上げようともしない
そのうち自分は超人になった、とか、F原発の問題を解決して、東京の電力会社からお金をもらえるようになったと、自慢そうに話していたが、いつになってもそんなお金が入ったという話はない

今こうして、長男のマンションの居間で、孫のT哉の寝顔を眺めながら、思い返すと二人が知り合い職場結婚した大手旅行会社を、夫が突然辞めて音楽出版会社に移った時は、結婚して2年、長男のT彦が生まれて、まだ1年もしない頃だった
これからは音楽が人生を輝かせるんだ、と言って目を輝かせていた夫は、関西で大きな地震があってしばらくした頃、その音楽出版社に突然辞表を出すと、仕事で付き合いのあった印刷会社に籍を移した
その時は、考えがあって印刷会社の仕事を覚えたいんだ、と言っていた夫だったが、事実3年もしたら、もう仕事は覚えたと言って、出資者を見つけてタウン誌を出版することになっていた
その時も、これからは身近にある情報がお金になるんだ、と興奮してわたしを説き伏せたっけ…。そのタウン誌経営の3年間は、特に休刊に至る2年目と、会社をたたむ最後の1年は大変だった

それまで、普通の中堅企業のサラリーマンの家庭で育ったM代にとって、お金が無い、ということの意味を、思い知らされる2年間だったが、それも今となっては笑い話になりそうなエピソードが散りばめられた思い出でもあった
いつも安定している状態が続くと、思いつきの実践に向かう夫の性癖に、悩まされはしたが、根が明るい自分であり夫であり、素直に育ってくれた二人の子どもに恵まれたこともあって、最近はこのまま夫婦で年を重ねられそうな気がしていたのだが、どうやらまた波乱の展開になりそうな予感がするM代だった

その時ぐずり始めたT哉の、オムツを取りに立ち上がったM代は、生来のポジティブさで、今度こそ夫がうまくやってくれるだろうと思い込むことにして、保育園待機中の孫の世話に神経を集中させた

同じ頃、T哉の母親であり、息子T彦の嫁のK子は、大都市のY市に洒落たオフィスを構えているIT企業で、顧客からの質問に答えるという役割を果たしていたし、息子のT彦はこの海に囲まれた方のY市にある、N電子の研究所の会議室で、部下の研究成果発表のサポート役を務めていた

[ 5月10日pm2:20 A国大使館7階談話室 ]
『で、どうなんだ、本国(アチラ)の様子は?』コーヒーの最後の一口をゆっくり空けながら、ジョナサン・ハドソンが訊く
『共和党の候補があの男に決まったようだから、現大統領や民主党の重鎮たちは、これで彼女に一本化できれば、もう勝ったようなものだと言っているらしい』エネルギー省から資源担当オフィサーとして着任したばかりのオーウェン・コンレーが、コーヒーカップの中を見つめながら答える
現大統領と同じ民主党の有力大統領候補、初の女性大統領が誕生すれば、政府の陣容にさほど変化はないはずで、なんとなく様子見的になっている日本政府の原発廃炉対策については、大筋容認の動きになるだろうと二人とも読んでいる

『おっ、なにを話し込んでいるのかな、お二人さん』陽気な声を掛けてきたのは、デスモンド・ブライト調査官だった
『いやぁ〜、なんとなくこのところの本国の有り様をだね、俺たちで評価していたんだよ』ブライトとは顔なじみのジョナサンが、軽口を叩く
『本国の有り様、と言えば、あのお二人さんのレポートは、なかなかのものだったらしいよ』コーヒーサーバーからカップにコーヒーを注ぎながら、軽い口調でブライトが喋り出す
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2018年08月11日

熟年超人の日 stage3 54

「おぬしなら、この日の本の命運を預けても大丈夫そうだ。きっと、宇宙人と上手くやりながら、この国を守ってくれるだろう」真顔になるとそう言い、T堂氏に軽く合図をする。はっ、と頭を下げて、T堂氏が高価そうな黒のビジネスバッグを、私の目の前に差し出す
「なんでしょうか、これは」まさか、札束が入っている?慌てて透視してみると、案の定札束だ。恐らく、2千万円くらい
「御察しの通り、軍資金だ。持って行ってくれ」と、言われても、はいそうですか、とはいかない
「いやぁ、こんな大金、持って行ってくれ、とおっしゃられてもねぇ」もらってしまったら、もうこの老人に頭が上がらなくなるに決まってる

「そうか、だが、おぬしがT電からもらう金だって、同じだろう。それに、税金で半分近く持ってかれるから、たいして残らんぞ」…そうか、税金がかかるか。そうすると1億振り込んでもらっても、実質5千万くらいしか使えない。それから先も、なにやかやと詮索されたり、恩に着せられたりもするだろうし、原発デブリを片付けてから後も、Gを使う話が持ち込まれそうな気がする
「そんな顔をするな。おぬしは、口利き屋として大きな顔をしていればいいんだ。ただ、これからおぬしを利用しようと寄ってくる輩に迷わず、日本のためになることだけを、あの宇宙人に頼むとして欲しいのだ。この金は、そんなおぬしが目先の金で動かなくて済むよう、わしからの寄付金だ。どうか受け取っておいてくれ」とは言っても、この金を受け取ればこの老人には借りが出来るが…
結局Gを別人格にして、家族を守る金を得ようとした私が、背負わなければならない宿命なのか

「私個人は、これまでお金を得るために働いてきた人間です。別にそのことを、引け目にも思っていませんし、お金で私が引き受けてしまったことでも、Gの基準に照らしたとき、出来ないと断られることがあるかも知れません。そうなったら、私は依頼主にどう対応すれば良いのでしょう」このところ、胸につかえている疑問を老人にぶつけてみた
「別にどうということはない。おぬしの役目は宇宙人に伝えればよいだけだ。気になるなら、口利き料と成功報酬を分ければ良いだけだ」…なるほど
「まさかおぬし、金をもらうことに気が咎めてはいないだろな。金は、遣い方で値打ちが決まるものだ。遣い主の値打ちもな。おぬしが、後顧の憂いを出来るだけ少なくせんが為に要る金なら、活き金になる。さすれば、外国から茶々を入れられても、安心して信じることができる、というものだ」…少し勘違いがあるのかも知れないが、老人の言うことは筋が通っているように思える

「分かりました。これからは、そう考えるようにします」で、この金はどうしよう
「そろそろ帰らねばならぬ頃合いだな。T堂、車の用意を。それから、この金は持って行ってくれ。無税の金は便利だが、気はつかってな」もう、もらうことは、決まってしまったようだ。まあ、いいか
「では、折角ですので頂いて帰ります」と、頭を下げてから、バッグを掴んで立ち上がる。まったく軽いのだが、札束入りの革製バッグならそこそこの重さになるはずなので、そこは演技力でカバーする
「その金は、わしからの寄付だから、気にせず使ってくれ」…、と補足するところをみると、気に留めておいてくれ、という意味なんだろうな

心底無口な若い男の運転する日産センチュリーで、新幹線の三島駅に送ってもらう。1時間ちょっとのドライブの間、頂いたバッグをチェックさせてもらう。もちろん、爆弾などは仕掛けられてはいなかったが、超小型のGPS発信機が付いている
外してしまおうかと思ったが、こうして大金を預かり、今後もなにかと気にかけてもらった方が良さそうなので(どのみち帰る先も分かっているだろうし、別にこのバッグの所在地など秘密にする必要もないし)、そのままにしておく
これからは、どこに出没するにも一般人らしいアシが欲しいのだから、この金の一部で車でも買おうか(以前持っていた車は、タウン誌の会社をたたんだ時に売り払って、それ以来マイカーはない)。そう考えると、なんだかわくわくするが、金のことを妻にはどう説明したらよいものか…
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2018年08月04日

熟年超人の日 stage3 53

「お待たせいたしました」N絵が細身の小ぶりな脇差をうやうやしく老人に差し出した。老人はそれを受け取ると、すらりと刀身を抜き放ち、刃紋に目をやると、頷いて再び鞘に収める
「では、手合わせを願おうかの。わしも最近は力が弱ってなぁ、この軽い奴で居合い抜きの真似事くらいしかできんのだよ。悪いが、これでやらせてもらうよ」と、こいつはどう見ても真剣だ
「本物の刀ですよね、それは」ホント、私が超人でなかったら、びびってしまって大変ですよ
「ああ、そうだよ。構わんだろう、こいつで」老人の嬉しそうな顔を見るのは初めてだ

では、と老人が腰に脇差を差し、すっと立ち上がる。少し前かがみだった姿勢が真直ぐに伸びる。それから部屋の真ん中にすすっと進み出ると、腰を少し落として軽く捻り半身に構える
私も部屋の中央に出て、老人が半身に構えたのと同時に、少し腰を落として身構える。別に、同構えてもほとんど同じかと思うのだが、こっちの方が本物っぽいし、老人の動きに対応し易そうだから
老人が真剣の居合いで挑んできたので、私としては老人が動きかかった瞬間に懐に飛び込んで、遺愛抜きをしようとする、その手を押さえて、勝負あったにするつもりだ
しかし、こうして見合ってみると、習練を積んでいるその道の達人の気迫というものはもの凄く、超人のスピードをもってしても、老人の手が動く瞬間に間合いを詰めて、刀の柄にかかった手元を、押さえることが出来るのか、不安になってくる

そこで、作戦を変えることにする。手の動きの前に、呼吸や脈拍に変化があるはず、と注意点を変更した
しかし、老人の呼吸も脈拍も穏やかで、変化の予兆が掴めない
そこで、B東氏に倣って気合をかけてみる
「ぃやあー!!!」超人になってから、大声を出してみたことがなかったが、我ながらとんでもなく大きい声が出た。護衛役の若い隊員がびくっと身震いして、思わず身構える。心拍数も上昇、呼吸も早くなる。それは、T堂氏もN絵さんもやや抑え気味とはいえ、緊張感が増しているのが分かる
ただ老人は、それでもなんの変化もなく、そこに立っているだけ…と、見えた瞬間、呼吸がぐっとつまった
その瞬間、迷いなく老人の腹の辺り目がけて、超人力全開で接近する
そんなに早く動いたことがなかったので、どうやってその動きを止めて、老人の手を押さえるのか、考えは付いていかなかった

ただ、老人の体の動きにゆらぐ空気を感じるのと、老人の捻られた腰が更に深く捻られて、押さえようとした老人の手が、私の手から逃げるようにしながら、素早く刀の柄を握り、裂ぱくの気合と共に、白い刀身を引き抜くところが見えた
そこからは私のスピードが勝り、手ではなく右肘を私の手が押さえる形で、勝負が着いた
老人は刀を抜きかけの状態で動きが止まり、私は抑えた右肘から手を離すタイミングを計りかねていた
しばし、と言っても2秒間ほどして、老人の力が抜け、私も離した手を攻守どちらでも対応できそうな形に戻せた(この緊迫感からすると、次の攻撃があることも考えられると判断)

「はっ、いや、素早いなぁおぬしは。わしが、もう少し若かったら、もうちょっと先まで見せられたものを」と、老人が笑いながら完全に刀身を鞘に収めた後、左手で腰から抜き出して寄って来たN絵に渡す
「いやぁ〜、どっきりしましたよ。すぱっと切られてしまうのかと思いました」思わず、本音の言葉が出てしまう
「なんのなんの、おぬしの手加減がなかったら、わしなんぞすっ飛ばされておったわ」楽しそうに笑う老人を、N絵とT堂氏が嬉しそうに見ている
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2018年08月02日

熟年超人の日 stage3 52

「それで、おぬしはこれからどうしたいんだ」ズバッと来た
「昨夜もお話ししました通り、T電さんから頂いたお金で、家族の避難先を山の中にでも造ったら、グリーンマンに連絡して、F原発の廃炉に向けて放射能ゴミを片付けてもらいます」話しているうちに、根拠がぐらついているのが自分でも分かる
「その後は、どうする?また、どこかの企業か国の手助けをするか。その時の報酬はもらうのか、次はタダでやるのか、それともこの一回限りだとするか」真顔の老人の眼の奥に、何かがある
「それは…」そうだ、あそこを片付けて、その先の超人活動をどう続けたらいいんだ

「A国がかの守護神の来訪について、既に我が国政府に探り入れていることは、昨日話した通りだ。いずれは、おぬしのことを探り当て、接触を試みるだろう。その時、おぬしはどうする。金をもらって、今度はA国の頼みを聞くのか」
「い、いやぁ、お金をもらってやるっていうのは、どうも…」そこまでは考えていなかった
「だが、おぬしは口利き屋として、今回の仕事をあの宇宙人に頼むのだろう?宇宙人が、いつまでおぬしへの恩義を覚えていてくれるのかは知らぬが、おぬし自身は金で請け負ったことを、宇宙人に引き受けてもらう、そんな役目を背負いこんでしまったのだからな」う〜ん、その通りだ。ジュブブが心配していたのも、そこだったか

「グリーンマンは、私の願いなら、できることはなんでもしてくれると言っていました」
「そうか、ならばことはもっと厄介になるぞ。あの力だ、なんでもということは、世界の政治家にとっては“最悪”を意味しているからなあ」
「最悪、なんですか」正直、意味がわからない
「そうだ、政治家というのは、何だ。人々の、民衆の、国民の代表であらねばならないと言う連中だ。おぬしも知っての通り、なにやかにやのグループの利益誘引代表だ。それが、なんでもやってくれそうな宇宙人がこの世に居たら、どんな立場を採らねばならなくなるか、想像がつかんか」そうか、なんでもという言葉から、悪いことしか思いつけない人間もいるよなぁ

「ところでおぬし、歳は幾つだったかな」突然話題が飛んだ
「はあ、今年の春60才になりましたが」
「そうだったな、定年で広告会社を退職したんだったな。だが、若いなおぬしは。50にもいっておらんように見えるぞ。なにか、宇宙人から若返りの処方でもしてもらったのかな?」
「いや、そんなことはありませんが、そうですか、若く見えますか。そりゃありがとうございます」ここはとぼけておく
「しかし、あのB東をいとも簡単にあしらうことが出来、T堂の話ではS会の若頭も形なしだったとか、これはぜひ、わしも立ち会ってみたいものだな。どうです、わしの冥土の土産に」そう言う言葉を聞いたT堂氏が、N絵に視線をやると、すっと立ち上がったN絵は部屋を出て行く

「いやあ、なんだか変な方にお話しが行っているようですが、私にはその気はございませんので」と、ここは一応遠慮申し上げておくことにする。ただ、この道場然とした部屋の、上座に座っている老人を見るにつけ、いかにも江戸時代の剣術道場主らしい佇まいは、本気で私と一試合手合わせしないと、済まない空気になっているのが、武術素人の私にもわかるのだ
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2018年08月01日

熟年超人の日 stage3 51

「まだ、彼のテレパシーはつながっているのかね」老人の語りかけが、とても穏やかな声音になっている
「ここから彼が飛び去る際、物体を衝突させて相手の体組織を破壊する攻撃方法は、原始的な文明レベルである、という想念が伝わって来た後、今はもう何も感じません」と伝える
「そうか、折角来てもらったのに、直接会えなんだな」心底残念、といった表情で嘆いている老人を見ると、なにやら騙しているようで気が引けてくる
「でも銃で撃ったことについては、なにも気にしていなかったようですよ」などと、言わずもがなのことを口にしてしまった

そうしているところに、T堂氏の携帯が鳴る
「はい、そうだ、…そうか、…そうなのか、分かった。私から報告する」と、例によって小声で、てきぱきと応答して、携帯をオフにする(…が、私の超人耳にはちゃんと聞こえている)
「はい、そうだ(T堂だ、発射した弾丸の幾つかが、庭で見つかったと)そうか、(現時点で2発回収できた7.62o弾丸の弾頭には、なんの傷も付いていなかったと)そうなのか、分かった。(その件については)私から報告する」てな具合にちゃんと聴こえている
携帯を胸ポケットに収めたT堂氏が、今度は老人の耳元に今の報告内容を囁く。ほぼ先ほどの携帯でのやり取りを繰り返したものだったが、最後に補足として、あの距離ならば外すはずがない銃弾が、無傷で落ちていたということは、怪人には弾丸をそらす能力があるものと思われると言って、報告を締めくくった

「おぬしは、あのグリーンマンとやらが、銃弾をそらす力を持っていることは知っておったのかな」私の呼び方が、あんたからおぬしに変わったことに気付いたが、それがなにを意味しているのか分からなかったので、とりあえず「いいえ」と短く答えておく
「しかし、あのグリーンマンの力はすごいな。あれで、エフワンでは1万トンもあるメガフロートを持って宙を飛びまわったというじゃないか」老人の眼が輝いている。頬もなにやら紅潮して、興奮が見て取れる
「なんでも、この惑星の爆発力で殺傷物体を相手にぶつける攻撃方法は、文明レベルがまだまだ低い証拠だと、以前言ってましたから」老人の高揚感が伝染して、ついつい言わなくても良いようなことを言ってしまう

「そうかそうか。ええのう、そうかそうか。ならば、大砲でも爆弾でも平気のへい、だということか。そうかそうか」ますます上機嫌になる老人の脳裏になにが浮かんでいるのか、基本小市民でしかない私は不安になる
「ところで、あのグリーンマンは、いつまでこの地球にいられるのか、おぬしは聞いておるかな」突然の老人の質問に、慌てた私は思わず本音を吐露してしまう
「こちらの任期は、地球時間で50年はあるそうです」言ってしまって、老人の眼がぎらっと光るのを見て、私の心は言い得ぬ不安に襲われる
「T堂、やはりわしの読んだ通りだったな」と、傍らに立っているT堂氏に語りかける
「ははっ、御館様のご推察通りでありましたな」しゃちほこばって答えるT堂氏の態度に、私の中で警戒ベルが鳴る
「T堂さん、それはどんなお考えなんでしょうか?」どうも老人には話しかけにくい

「グリーンマンは、この日の本を救ってくれようと、天が遣わした守護神だということだ」T堂氏ではなく、老人が応える
「はあ?」思いがけない話の展開に、つい素の馬鹿げた声が出てしまう
「分からんか、そもそもおぬしが、かの天のお使いに出会ったのも、大いなる御心のなせる業であったということだ」なんで、話がそうなっていくのか…
「今や、この国は諸外国の権謀術策にはまって、己が国の未来のための施策も、自由になせない状態になっておるのは、おぬしにも薄々分かっておるのだろう」そうか、そう言えば、日本の原子力利用のエネルギー計画は、A国の原子力開発計画の一環に組み込まれていて、廃絶の自由はないんだと、ネットにあったのを見たことがある
「それを、うむを言わさず、超人の力技で克服させようと、日本の神様が遣わした、と」ついつい偉そうな相手に迎合してしまうのは、企画マンであった私の癖

「そうだ、おぬしにも見えているな」やはり大物に褒められると、悪い気はしない、…ってこれで良いのか!?
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2018年07月17日

熟年超人の日 stage3 50

「そんなつもりは毛頭無い、と伝えてくれんか」今までずっと、神社のご神木のように静かな佇まいを見せていた老人の声音が、少しだけ人間味を帯びている
「分かりました」と答えて、再び瞑想ポーズをとって周囲偵察を試みる。その反応に空中待機しているGスーツの視野を重ねると、庭園内に散らばっている20人のうち、樹木の陰で長い銃器(ライフル?狙撃銃?)を構えている者が七人、指揮を執っている者が三人、撮影機材を扱っている者が八人、建物内に入ってPCを操作しているらしき者が二人いるのが分かる
「庭に配置されている者のうち、明らかな敵対行動を取っている者が七名いる、と伝えわってきました」と伝えると、老人の心拍数が上がる

「T堂、銃を下ろさせろ!」固い凛とした声が、老人からほとばしる
T堂氏が襟元のピンマイクに小声で命じる。私の超人耳には「銃を下ろせ!」と聞こえてはいるが
「ここに来たのだから目的は達しているから、立ち去ってもよいか、と伝えて来ました」と、私が伝える。どうもめんどうだが、このやり方しかないようにしてしまったのは、私だ
早朝にこの辺りを覆っていた霧は、もうすっかり晴れている。中庭の真上の空中で、軽く脚を開いて腰に両手をおく、スーパーマンポーズを取っているGスーツは、私が見てもなかなか格好いい
「ここに降りて来て、わしと話ができんか、そう訊いてくれ」老人が私にそうねだる。これが一番の難関なのだ。空スーツでは、降りて来て話をする訳にはいかない
「惑星住民と交流することは、彼、あ、私のことですが、のような緊急時接触以外、銀河規約で禁じられている、と伝えて来ました」苦しい言い訳だが、こんな言い方しか思いつかない

庭園に散開しているこの屋敷の護衛隊は、植え込みや樹木の陰に潜んでいたが、各班の隊長から射撃解除の命令を受けて、銃口を下に向けているが、眼は屋敷の中庭上空の緑色の怪人から放していなかった
屋敷の玄関口前の、楡の大木の陰に潜んでいる東の守り『青竜隊』のスナイパーS原は、その時急に吹いた一陣の風に、緑色の怪人がふわっと横にずれたように感じた
もう一度、視力2.0の目で宙に浮いている怪人を凝視すると、時折り吹く強い風に、ゆらゆらしているように見える
「班長、奴はもしかするとバルーンかも知れません。確認のため、発砲しても良いでしょうか」その報告を受けた青竜隊隊長のR崎は、同時通話で聞いているT堂にお伺いを立てる

T堂が老人の耳元に口を寄せて、なにごとか囁いている(が、私の超人耳には「部下が上空の怪人が風船ではないかと言っています。確かめるため、狙撃の許可を申し出ています」と聞こえている)
「Aさん、あの空飛ぶ超人が風船細工ではないかと、部下が申している。で、穴が開いて空気が漏れるか、跳ね返してしまうか、試してみてもよろしいかな」なんとドスの利いている物言いだ
「分かりました、今訊ねてみましょう」Gスーツなら中身があろうが無かろうが、銃弾などへっちゃらだろう
「やってみよ、と伝えて来ました。ただし、それが済んだらこの場を離れる、ということです」まっすぐ老人の眼を見て、そう返答した。一瞬、老人の眼に力が宿り、すぐ瞼が閉じられ
「では、T堂、やらせてもらいなさい」T堂氏は「はっ」と言って、頭を下げると襟元のピンマイクに向かって「射撃開始」と、抑えた声で指示を送る

私はと言えば、テレパシーを装いながら、メガネのテンプルを、トト、トトと二連打の連続打ちで、GスーツにK市のアパートへの帰投を指示して、この後のセリフを考える
バスッ、バスッ、バスッ、とサプレサーで抑えられた銃声が十数発聴こえ、じきに静かになる
「全弾命中すれど、怪人は腰に当てていた手を頭上に伸ばして、始めはゆっくり上昇して、その後もの凄いスピードで飛び去ったとのことです」常に落ち着いた物腰のT堂氏には似つかわしくない、やや慌てたかすれ声の報告に、少し前に部屋に到着して老人の両脇を固めている二人のSPも、部屋の入口に控えているN絵も、沈黙に浸されている
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2018年07月06日

熟年超人の日 stage3 49

「失礼します」涼やかな声が掛かり、N絵が部屋に戻って来た
「B東の手首は、きれいに折れていたので、1月ほどで職務に戻れるということでございました」
「ならば、白虎のN田に言って、2名こちらに置くように」老人がN絵に申し付ける
「すみません、B東さんに悪いことをしてしまいまして」一応、謝る体裁を取る
「いやいや、あの程度に抑えて頂いて、こちらこそ申し訳ない」何事も無かったように老人が応える

「ところで、さっきの話だが、あんたの頼みごとに、その宇宙人は、どの程度まで応えてくれると思っているのかな」一気に、話が核心に迫る。
この老人は、いわゆる政界の黒幕って人物らしいが、うっかりしたことを約束させられると、一般人Aとしての私の束縛になってしまいそうだし、結果、超人活動がこの日本第一主義で、なおかつ“何でもやれることはやる”的な、過激派に利用されるようになったら、ジュブブが黙ってはいないだろう
「以前、F原発の放射能廃棄物を、一気に片付けられるか訊ねたときに、それはこの惑星の人類にとっても良いことだから、助けてやろう、みたいな答えをくれました。多分、彼は他の惑星の人間に対して、公正中立の存在でいなければならないんだと思います」うまくまとめられてはいないが、自分なりに筋の通った答えが出せた、と少し自己満足

「ほう、それはあんたの考えなのかな、それともあんたの言うテレパシーで宇宙人がそう伝えてきたのかな」
「公正中立な存在である、というところは明確に伝わって来ました」この一点は絶対に譲れないところだ
「それで、その宇宙人とは会えるように手筈してくれたのかな」
「明け方にあったテレパシー連絡では、そろそろ現れる頃かと思います」神経質そうにこめかみの辺りを、指先でとんとん叩きながら、メガネのテンプルを2回軽く叩く(これで、木の梢からこの屋敷の上に飛来するはずだ。ただし、最近話題になっているAIのような機能があるので、後はGスーツが状況判断をしながら、ここにやってくる筈)

私のメガネの内側に、Gスーツが見ている景色が小さく映り始めた。今、梢から垂直に急上昇して、地上5000mまで上がり、そこで透明化を解除。かなり抑えた速度でこの屋敷の中庭を目指してやって来る
私はと言えば、テレパシー通信の開始を装って左手を額に当て、右手の親指でこめかみを押さえるポーズを取っている
そのただならぬ気配に、老人は無言でこちらを一瞥すると、一瞬、目でN絵をうながす
N絵はさっと立ち上がると、軽く会釈して部屋を出て行く。入れ違いにT堂氏が、さっと部屋に入って来る
「御館様、現れました」どのようなときにも変わらない声音が、微かに興奮の色を帯びている

私の影メガネの内側の映像が、ロの字型のこの屋敷を鳥瞰している。つまり、Gスーツが上空に来ている
テレパシーを受け止めている風を装い、周囲偵察をすると、屋敷の四方に配置されている築山型のトーチカ内で、激しく人が動いている
北側の築山トーチカから、この屋敷に延びているトンネル通路を、急速に接近しつつある二人(さっき老人がN絵に命じていた白虎から来る応援だろう)が、いる。さらに、四つのトーチカから五人ずつが、庭園内に散開していく
「Aさん、どうやら宇宙人が来たようだな」相変わらず正座したままで、老人が低い声で言う
「今、グリーンマンと会話中です。お静かに…」この機会に場の主導権を握ってしまおう

この屋敷の中庭の上空10mに、Gスーツは空中待機。庭園内に散開している人物たちは、銃らしきものを構えている。それだけで、この屋敷の戦闘体質が顕わになる。そして、老人がこの国で掌握している権力の裏側も、明瞭に露呈する
「なぜ、敵対行動を示しているのか、と言っております」こんな言葉をぶつけてみる。以前の私には考え付きもしなかった言葉だが、最悪、この屋敷をぶちこわしても仕方ないか、と覚悟してのセリフだった
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2018年07月03日

熟年超人の日 stage3 48

「すごい技だな。初めて見る。古武道のようだが、何流かな」老人が、感心したような声でそう言うのを、部屋の隅に控えていたN絵が、B東のもとに素早く歩寄ると、片膝をついて右手の具合を調べて首を振る
「手首が折れているようですので、手当てをしてあげたいと思います」そう言うと、老人が微かに頷いたのを確認してから、もう身を起こしてているB東に肩を貸し、私に一礼すると、二人で部屋を出て行く
私としては、B東さんの袖を掴みに来る手の、予想もしない速さにびっくりして、反射的に超人力100%でその手を払ってしまったための、事故みたいなもので、手加減できず悪いことしたなぁ、と反省
とにかく今後は、こうした日々の習練で極めた技に対応する場合、こちらもある程度ちゃんとした格闘術を習っておかないと、普通人のAとしての状態で暴力沙汰に遭遇したとき、強さの説明がつかなくなる

「流派はともかく、Aさん、あんたが只者ではないことはわかった。そこで、もうひとつお尋ねするが、あんた、この日本をどう思っているのかね」両の手を膝に置き、正座したままの老人が、こう問うてきた
「いやぁ、私としては日本、いい国だと思いますよ。諸外国より国内がすっきりしていて」
「それは、人種という意味でかね」老人の興味が高まってきているのが、超人耳に鼓動の変化として伝わって来る
「まあ、それだけじゃぁなく宗教への依存度もそれほど高くないですし、四季の変化を同じように感じたり、言葉が大体そのまま通じることとか、つまり価値観のベースが共有できているということでしょうかね」…こう答えながら、国粋主義の権化みたいなこの老人に、受けそうな話を語れるのは、企画屋ならではの処世術だが、満更方便でもないのが本音

ふふっ、と老人は笑いを漏らすと「あんたは、人を喜ばす方向に話を持っていけるタイプだな」と、ぼそっと言う。なんと、見抜かれている
「まあよい。ところで、あんたから見て、その宇宙人のグリーンマンとやらは信用できると思うかね」突然話題が飛ぶ
「ええ、まあ、頭の中に直接コミュニケーションして来るので、彼の考えの基になっている判断基準みたいなものまで分かります」
「ほお。それは、彼の話に嘘が無いことが分かる、という意味かね」
「嘘が無い、というより、彼が伝えてくれることと、私が彼に伝えたいことが、ずれていないことが納得できる、みたいな感じでしょうか」自分でもよく分からなくなって、理屈になっていないような説明になってしまう。まず私自身、超人状態と人間的な部分の区分けがはっきりしていないし、まして宇宙人(この場合ジュブブだが)の考え方だって、よく分からないのだから

「そうか。なら例の事故原発を片付けるふりをして、タンカーに積んだ放射能ゴミを、どこかの国の首都にでも持って行って、そこにぶちまけるよう頼むとか、出来ないかね」真面目な顔で、すごいことを言う
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2018年06月26日

熟年超人の日 stage3 47

「お待たせいたしました」N絵と老人が呼んでいた女性の声だ。襖越しに透視すると、さっきまでのしとやかな着物姿から、作務衣姿に変わっている
「はい」と返事をして、部屋を出てN絵さんの後ろに付いて、左手に日本庭園を眺めつつ長い畳廊下を歩くと、先ほどの食堂も過ぎ、さらにその先を右に曲がったところにある部屋に入って行く
この部屋は板戸になっていて、長押のところに『鍛錬室』と書かれた額が飾ってある(鍛錬室…?)N絵さんに続いて部屋に入ると、朝食の時、老人の傍に立っていた背の高い男が、柔道着のような衣装で入口脇に正座している
昔、学校の柔道部で見たような塩ビの畳(柔道畳)が敷き詰められた、16畳ほどの部屋の正面奥に、老人が同じような道着に黒い袴といった格好で、こちらを向いて正座している。その背後は板戸が開け放たれていて、中庭が見えている。左右の板壁には、木刀が数本と薙刀、タンポ槍などが架かっている

「さ、どうぞこちらに」老人が、部屋の真ん中の右側を手で示す。なにやら腕試しでも始まりそうな雰囲気
危惧した通り、私が部屋の真ん中右寄りに進むとほぼ同時に、入口に正座していた大男が立ち上がって、私に正対するように立つ。私は、昨夜のままの恰好だというのに…
「A様には、合気道の道着でよろしければ、こちらに用意いたしましたので、どうぞお召し替え下さい」と、N絵が黒くて浅い箱(乱れ箱、というらしい)に入った白い道着の上下と、黒い袴、黒帯の揃ったものを私の前に置く
「これは、今から柔道の稽古でも始まるんでしょうか」一応、とぼけてみる(内心では、超人なんで別に怖くはないが、本格的な所作など知らないので、合気道やっていた、は通らなくなるな、と思ったりしている

「あんたは、合気道を嗜むと聞いている。この男は自衛隊の空挺団で新格闘術を始め、合気道、空手、柔道などを身に着けている。ひとつお手合わせ願って、あんたの人となりを見極めさせて頂きたい」とっても断るなんてできない雰囲気だ
「いやぁ、わざわざ人様にお見せするような腕前ではありませんし、特に流派などのない自己流ですから、と言ってもなにもしないで失礼する訳にもいかんでしょうから、やりましょうかね」などと、らしく応答して、道着を手に取ってみて、どこで着替えましょうかと、N絵嬢を見やる
「失礼いたました。あちらの衝立の陰でお召し替え下さい」そう言って、部屋の隅に立っている虎の絵の衝立を指し示す

どうにかこうにか道着を着用して(袴は動き辛そうなのでやめておく)、衝立の陰から出ると大男がいわゆる自然体で部屋の真ん中に立ってこちらを見ている
「じゃあ、よろしく」と言って、こっちは超人なんだから、この男を怪我させない程度にやるには、どうしたもんかな、などと呑気に部屋の真ん中に歩み寄ると、大男が「B東、参る」と言ったと同時に、素早くこちらに接近する
「いやーっ」と、裂ぱくの気合をかけ、右手をすごい速さで伸ばして、私の左袖を掴みにかかる
これまで、砂漠のゲリラや(や)の連中と闘ったことはあるが、このように習練した相手と手合わせをしたことがない。なので、その気合にびっくりして、思わず制限しない速さでその手を払い退けてしまった
バチッと激しい音が響いてその瞬間、大男が右手を抱え込むようにして、畳の上に転がり、苦痛の声をもらす
「それまで!」老人が、甲高い声で試合を制止する
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2018年06月19日

熟年超人の日 stage3 46

時計が6時55分になったとき、襖の向こうに人の気配がして「お目覚めですか?」と涼やかな声がする
「はい」と返事をすると、昨夜の食堂で御館様が朝食をご一緒に、と申しておりますのでと、声が答える
「着替えましたら、伺います」と返事をすると、ご朝食は和風でよろしかったでしょうか?と言う声に「ええ、それでお願いします」と答えておいて、ささっと部屋の外を透視する。調理場と思しき一角で作業をしている昨夜の料理人と、廊下を遠ざかっていくいかにも秘書然とした女性、食堂の入口に立っているT堂氏らしき人影、食堂に座っている小柄な人影(恐らく御館様)、その横に立つ背の高い人物…で、全員のようだ
昨夜2時過ぎに到着したGスーツの自動タイプは、屋敷近くの森の中で一番高い、大きな杉の木の梢にグリーンマン形態のままスタンバイしてある

ところで、用意されていた肌触りの良い、いかにも高価そうなパジャマから、ここに連れて来られた時のままの、自前の服(スポーツシャツ、チノパン、吊るしの春物ブレザー)に着替えて姿見に映すと、若干の気後れが否めない
自身、あまり服装や住まいに頓着しない性格だと思っていたが、所詮、そんなに気になるような場所に出る必要がなかっただけで、こういう趣味の統一に金のかかった世界に放り込まれると、居心地が悪く、ややもすると心に卑屈の影が差すのだと、気付かされる
そんなネガティブ気分を振り払って、食堂に向かう。「おはようございます」と声をかけて、入口に立っているT堂氏に軽く頭を下げながら食堂に入る
長方形の大きな食卓の一番奥に、この家の主である老人が座っていて、傍らに背の高い若い男が立っている。T堂氏に勧められるがままに、入口側の席に着く。私の席の隣りは、あの若い女性だ

「どうかね、よく眠れたかね」少しかすれた声で、老人が私に訊ねる
「はい、良く眠れました。ありがとうございます」相当強引に連れて来られたことは気にしていない、という風に努めて明るい声で返答する。そこに、昨夜の料理人がサービスワゴンを押して入って来る。T堂氏と二人で、席に着いている私たちに朝食をセッティングする
老人には白磁の器に入った粥のようなものと、果物(いちじく?)を、秘書スタイルの若い女性(N絵さんだったか)には、スープとこんがり焼けたトーストとジャムとバター、野菜サラダ、私には鯵の開きを炙ったもの、山葵添えのかまぼこ、みそ汁、ご飯が用意される
「さあ、頂こうか。あんたもどうぞ」老人が声を掛けて、朝食が始まる

「すばらしいお住まいですねぇ」なにか言った方が良いかと、私から切り出す(ちょっと遜り過ぎかな)
「...」老人は無言でれんげを使って粥を食べている
「御館様は、お食事後にA様と時間を過ごされたいと申しておりますので、よろしくお願いします」N絵が代わりに話しかけてくる
「あ、はい、分かりました」そうか、この老人は食事中には喋りたくない、という訳か
お代わりを勧めてきた料理人に、もう充分頂きました、と辞して食事を終える(老人はお茶をN絵はコーヒーを飲んでいる)
「どうぞ、ごゆっくり」と言って老人が席を立つ。背の高い若い男と、N絵が両側にそっと付いて食堂を出て行く。私は、それから少し遅れて、T堂氏が淹れてくれたお茶をゆっくり頂き、T堂氏と料理人の二人に労いの言葉をかけることで、この先の予定が無いことを確認した後、一旦部屋に戻ることにする

朝の陽光が射す廊下を歩きながら、右側のガラス窓から見える日本庭園に改めて目をやる
昨夜は暗闇を超人眼でチェックはしていたが、この緑鮮やかな初夏の庭園の調和の取れた美しさは、やっぱり日本人の心に響くなぁ、と感心。布団が片付けられた部屋に戻り、高級日本旅館に似た室内を、改めて見廻すと必ずあるはずのテレビがないことに気付く
さあ、これからどうなる。Gに逢いたいと言っていたので、わざわざ呼び寄せておいたが、そのことには触れていなかった。一緒の時間を過ごしたい、って言っていたけど…。
もう帰っていいよ、と言われたら、どうやって帰ろうか。まさか、歩いて帰れとは言われないだろうが(そう言われたって困らないけど)、ここまで気を持たせてくれたんだから、手ぶらはないだろ、などと座布団に胡坐をかいて考えていると、廊下を近づいて来る人の気配がする。やれやれ、どうやらお呼びがかかったかな…
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2018年06月15日

熟年超人の日 stage3 45

「すみませんね、こんな遅い時間にご厄介になってしまって…」若い女性が相手だと、つい余計なセリフが出てしまう
「いいえ、こんな夜遅くにお招きしてしまい、お詫び申し上げなければならないのは、私どもの方でございます。長旅をして頂いたのに、なにもございませんが、どうぞお召し上がりください」食卓には、山菜を使った前菜らしき長方形の皿と、伏せられたグラス、箸などがセットされている
そこへ白衣の料理人が、山女魚らしき川魚の塩焼を持って来る。和服の女性は席を離れたかと思うと、ビール瓶を持って来る。こんな真夜中に、宴会でも始まりそうな勢いではあるが、残念ながら超人化している私の口中には、唾も湧かず、グラスのビールも単なる水分補給でしかない

そうは言っても、疑われてはならぬとせっせと箸を動かし、それなりに舌鼓を打ち、何杯かグラスを傾ける努力は惜しまない私ではある
食事が終わり、寝床が敷いてある部屋に落ち着いたときには、もう1時半を廻っていただろう。それまでお付き合い頂いた着物の女性(美女だよな?)も退がり、やっと一人になれる
しかし、あの女性(N絵さんと言っていた)曰く、御館様が初対面の人(つまり私)に向かって「あんた」と呼ぶのは、今まで一度も聞いたことが無いと言う。普通は、貴方と呼ぶか名前を呼ぶだけで、特に相手にしたくないときは、なにも呼びかけないらしい

布団に入って、寝る前に再度周囲偵察(屋敷内にはなんの動きもないが、四方のトーチカでは何人かと電子機器が活発に動いている)と、部屋内外の聴き耳、透視と、ひと通り試みて脅威はないと判断
それから、仰向けに寝たままの姿勢で、かけているメガネの右縁(蝶番)を右人差し指と親指で摘み、アパートに置いて来たGスーツに稼働指令を送る
続いて、右耳側の針金部分(テンプル)を、指でトントントンと軽く三回叩く。これで、スーツ形態になったGスーツは透明化した上で、開けておいた梨畑側の窓からそっとと出て、200qほど離れたこの屋敷を目指して、誰にも見つからないよう工夫しながら、20分ぐらいで飛んで来るはずだ

その少し前、老人が寝ている部屋の襖が、静かに開いてN絵がするりと入って来た
「どうだった、あの男はもう休んだのか」身動きひとつせず、仰向けに布団に横たわっている老人が、これ以上ないほど静かに尋ねる
「おっしゃる通り、御館様に好意を持つよう仕掛けておきました」老人の寝床に滑り込んだN絵が、微かな吐息のような声で囁く
「よし。では明朝、朝餉をあの男と共にする」それだけ言うと、老人の鼻息がすーっすーっと規則正しく漏れ始め、N絵はしばらくそのまま添い寝をした後、そっと寝床を離れる

多少気にしていたジュブブからのレム睡眠通信もなく、よく寝ていた私が目覚めたのは、屋敷内の気配が変わったからだと思う
この時代劇にでも出て来そうなお屋敷で、あの剣術の先生みたいな雰囲気の老人と話していたせいか、自分が歴史ドラマの主人公になったような気がする。それだからか、規則正しい呼吸音が耳につき、正確な人の反復運動が、最近は寝ていてもオンになっている周囲偵察感覚に作用する
なんとなく武芸者のような感覚で、すっと布団から身を起こすと、襖の向こうで「お目覚めですか」と声がする。どうやら、隣りの部屋に待機しているのはN絵のようだ。なんと、今まで気が付いていなかった!

「はい」と返事をすると、「今しばらくしましたら、朝食の用意が出来ますので、それまではお部屋でお休みになっていてください」と女が答える
もう、眠気(ありがたいことに超人になっても眠気は訪れてくれる)は飛んでいたが、ここは大人しく布団の中で待機させて頂く。代わりに透視眼で、さっきから周囲偵察感覚にぴんぴん来ている、反復運動の人物を探してみる
すると、かの人物(恐らく例の老人)がこの屋敷の中庭らしきところで、なにか棒状のもので、素振りをしているのが見える。気合は発していないが、呼吸に一瞬タメが入り、次の瞬間素早く棒が振り下ろされ、すぐに元の姿勢に戻る、ということを5秒間隔で繰り返し、続いて腰に棒をあてがい、素早く前に振り出す動作を20回続けた後、棒を腰に戻して、10秒ほど直立静止してから力を緩める
見ていて、こちらも緊張してしまうほどの、静かな迫力である
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2018年06月10日

熟年超人の日 stage3 44

「それなんですが、実はうまくいっていないんです。つまり、社内の意見統一がまだ出来ていないようでして…」本当のところ私は困っているから、つい本音が出てしまう
「そうか、T電の今の社長はN見山だったな。あいつは収束派だったと思うが、このまま金を遣っていてもらいたい連中も多いようだからなぁ。そこへ持って来て、政府内でも今回の件では、意見が分かれているから、Aさん、これはこのままだと、時間が掛かるな」前半はT堂に確認するように話しかけながら、後半は私に言い聞かせている
「そうですか…。まあ、そうだろうな、とは思っているんですが」とにかく、大きな案件を推進しようとすると、大会社ってやつは、その案件の良否より、その賛否が自分にどう跳ね返って来るかの、判断を優先するから、必ず組織内でもめる。これは、人間社会の宿命みたいなもんだな、と思いながら、自分がそんな風に考え方をしていることに少なからず驚いてもいる

「お困りなら、わしから一言いってあげても良いのだが、Aさん、あんたはそれを望むかな?」気が付くと、老人は眼を伏せて、なにか考え事をしているような調子で、ぼそぼそそう言う
「は、そうですね、どちらにしても、進展してくれないと。いつまでもグリーンマンさんを待たせておくのもなんですからねぇ」どうやら政財界に影響力のありそうな人物だと確信した私は、ここが突破口だと判断し、お願いしてみることにする
「なら、あんたを信用させて頂こう。どうかな、そのグリーンマンやらいう宇宙人を、わしに逢わせてくれんかな」おっと、そう来たか、と私は緊張する。この話しの流れでは、今、ここに呼んでくれ、と言われかねないし、そうなると一人二役が露呈してしまう

「ええ、そうですねぇ、お逢い頂けるように計らうことは可能なんですが…。なんでも彼は、第13星系区管理官とか言って…、いやこれはテレパシーと言うんですか、頭の中に浮かんだ彼の説明ですが。そもそも、その任務中にこの地球でトラブルにあったところを私が…」ちょっとしどろもどろになる私
「それで、あんたが助けてやって、その宇宙人が恩義を感じた、という訳なんだな。では、そのテレパシーであんたは今ここで、その宇宙人と連絡が取れるのかな?」見た目、80才くらいに見える痩せた小柄な老人が、驚くべき頭の回転を披露して、私を追い込んで来る
「え、ええ、やれますけど、今、地球に近いところにいるかどうかは、分かりませんけど。いいですよ、やってみます」テレパシー中を他人に見せたことは、ない(って、できないし)ので、どんな風にすればいいのか一瞬迷ったが、要は心ここに非ず的なところを見せればいいだろう、と腹を括った私は、どうせならこの老人の屋敷を周囲偵察で存分に視ることにする

そこで分かったのが、この屋敷の四方に配置されているトーチカのような建物は、地上3階地下3階の構造で、地下2階同士はそれぞれ通路があり、いずれもこの屋敷と通路で結ばれていること。この屋敷も純日本風建築の外見ではあるが、やはり地下2階まである構造になっていること。4つのトーチカの地下3階は、発電機や空調などのそれぞれ独立したライフラインを構成していて、この屋敷が相当強大な軍事力で攻撃されても、かなりな時間耐え得ることなどである
その間の私は多分、虚ろな表情をしていたのだろう、周囲偵察を終えて意識をこの場に戻すと、興味深そうに私を眺めている老人と、T堂氏、そして例の和服のきれいな女性の少し心配そうな眼差しがあった

「すみません、随分遠くにいるみたいで、今やっていることを中断して地球に来ることにしても、明日になってしまうということですが…」と、適当に答える
「ふーん。あんたがテレパシーをするというのは、本当なんだな。確か以前会った、ワイなんとかいう科学雑誌の編集長の、話の通りだった」老人の瞳が活気を帯びて輝く
「では、明日ということで。N絵、Aさんに夜食とお泊りの支度を」それだけ言うと、老人は組んでいた胡坐を解いて、いとも静かに立ち上がると、部屋の横手から出て行ってしまう(よいしょも、どっこいしょの掛け声も無くである。なんだかこの老人の方が超人だな、と感じ入る)
「それではAさま、こちらにどうぞ」若く美しい女性の声に、素直に従って廊下に出る。入って来た玄関側に戻りながら、左側に立派な日本庭園があることに気付く。二間ほど過ぎて通された部屋は、畳敷きに食卓と椅子がセットされた和様折衷な設えで、ここが食堂の間なのか、と思う
その時、部屋の壁の柱時計がボーン、ボーンと鳴り始めた。見ると長針と短針が重なり12時を告げている
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2018年06月08日

熟年超人の日 stage3 43

T堂氏はその場に立ったまま動かないので、私は靴を脱ぎ、いかにも銘木でございみたいな“上がり框”に、屋敷内への一歩を印す(素人目にも金のかかっていそうな屋敷の設えに、呑まれないようにしないと、と気を取り直した)
着物の女性がしとやかに誘う後姿に付いて、長い廊下を進んで行く間、それでも周囲偵察は怠らず、そうすることでこれから会う御館様とかいう大物(多分)との面談に、気構える。その結果、邸外の守りが過剰なほどの厚かったことに比べると、屋敷内は拍子抜けするほどがらんとしていることが判明する
どうやらSPらしき人物が、一人待機している部屋の隣の部屋に、先に入った女性が正座して、躊躇している私に、どうぞというように頭を下げる

「ご足労をかけましたな、どうぞお入り下さい」部屋の中から鉄錆びた声がかかる(きっと御館様だな)
失礼します、と言って部屋に入ると、紫檀とか黒檀と見える立派で重そうな座卓の向こうに、痩せてはいるが、なんだか活気のある年寄りが座っている
こうした、相手が初対面の社長級の人物に会う場合、こちらはそう張り合う気持ちを持たなくてもいいが、なにか見どころがあるところは、感じさせないといけない。しかも、相手の本丸(社長室とか)に通される場合、畏れ入っている雰囲気も見せつつ、呑まれていないところも見せるのだから、大変である
ただそれ以上に、本来的に相手が発しているオーラみたいなものがあるので、用意された分厚い座布団に腰を下ろしながら、私は位負けして、へへーっとなりそうなところで踏みとどまる

「貴方がAさんですか。今般のF原発事故の収束について、お力をお貸し頂いたようで、感謝してます」のっけから、こう来た
「あ、いや、私がやったという訳でもありませんので…」つい、しどろもどろになりそうになる。これはいかんと、態勢を立て直そうと顔を上げ、正面から相手を見返す
「ほほ、そうなのかね。貴方がやってくれた訳ではないと、そうおっしゃる」細めた眼がきらっと光る。そごい迫力だ
「そうなんです、彼はとても義理堅い宇宙人でして、私が彼の窮地を救ったことを、ずっと恩義に感じているようで、テレパシーでお願いすると、都合がつくときには私の頼みを聞いてくれるんです」あまり自信満々にならないよう、注意しながらそう説明する

「そうらしいですな。それで、あそこは、どうやって片付けるのか、貴方はご存知なのかな?」再び穏やかな、慈愛に満ちた目の色に戻っている。こういう人は、怖いということですね
「なんでも、タンカーの船倉に放射能汚染された一切合財を詰め込んで、太陽に捨てに行くと言ってましたが」
「ほほう、太陽に、ですか。そりゃいい。T堂、それが本当にできたら、廃炉問題どころか、核兵器処分だって簡単に片付いてしまうな」いつのまにか部屋に入っていたT堂氏が、大きくうなづく(それにしても、気が付かなかったなぁ…)
「それで、貴方がT電に出している仲介手数料の条件は、いかほどなのですかな」急に話が核心に急接近だ!

「もちろん、G、いやグリーンマンと言うんですが、彼が代償を求めている訳ではなく、この案件を仲介するに当って、以降の私や家族の身の安全を対価しようとなると、当面要るものはお金、ということでして…」
「いやいや、それはよく分かっております。貴方はこの仲介料で一儲けしようとされる方ではないようだ」
「そうなんです。ただ、すでに公安が私の身辺を守ってくれているというか、それなのに(や)の組織が、私の家族を拉致して、私をコントロールしようとしている動きもありました(ちらっと老人を見ると素知らぬ顔をしている)。
飛躍しているかも知れませんが、外国の諜報機関が、家族を人質に取ったりすれば、私としてはGに頼むことの内容が、必ずしも日本のためばかりとはならなくなりそうで、御館様ですか、御館様のようとは言えないまでも、家族を守る砦のようなものを至急用意したいと思っているんです」言いたいことを言ってやった

「それはそうでしょうな。ところで、S会の者にはきつく言っておきましたので、そちらはご心配なく。ただ、A国がすでにこの件で、政府にも正面切って申し入れをしてきておるようだし、C国もR国も、いやいや世界中が、ただならぬ関心を寄せているという話は既にわしのところにも入っておるのでな。それで、T電は素直に必要資金を出すと、言っておるのかな?」
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2018年06月03日

熟年超人の日 stage3 42

「いや、これは恐れ入ります。申し遅れました、私、倭(ヤマト)の国浄化財団の、事務局長を務めさせて頂いておりますT堂と申します」そう言って下げた頭を上げると、微笑みを貼りつけた顔の中で、細まった眼が私の瞳の奥まで探るような眼光を放った。ほかの5人の男たちは、手を後ろで組んで、害意の無いことを示している
“倭・浄化”そうか、こいつは右翼の人間だな、と私は直感した。ならば、ここは丁寧な喋り方と、怖気ていない態度が大切になるはずだ(…と、小説や漫画で見たような知識が、たじろぎそうな私を支える)
「その浄化財団の事務局長さんが、私になんのご用でしょう」いざとなったら、ここを突破して帰ることもできると確信しているから、我ながら落ち着いた応対が出来ている
「あ、その前に、その男の手当てをしてやっても宜しいでしょうか」相変わらず微笑みながら、奥底にどすを効かせた声で、表面は穏やかに話しかけてくる

「ああ、これは失礼。手を折ってしまって、すみませんね」前半部分は事務局長と名乗った男T堂に、後半はナイフ男(…以前、組の事務所を襲撃したときに、Gだった私と真正面から渡り合った奴だ)に声掛けする
鋭い目つきでこちらを睨みながらも、一応頭を軽く下げたナイフ男に、SUVに乗っていた若い男が駆け寄ると、それは手で制して、案外しっかりした足取りでSUVに向かう
「あ、あのぅ、私は、もう失礼して、良いんでしょうか…」この場に居ながら、蚊帳の外に置かれていた探偵屋が、おずおずと口を挟む。T堂が軽くうなづくと、男たちの中の一人が、かなり厚みのある封筒を内ポケットから出して、探偵Sに渡す
「お分かりでしょうが、この場のことは県警のご友人には、お話しになりませんよう。些少ですが、しばらくお仕事をお休み頂けるよう、金額を用意しましたので」有無を言わせない口調で、T堂が念を押し、封筒を出した男に、車で探偵屋の事務所に送るよう指示をする

「お宅さまは、こちらの車にお乗り下さい」T堂がそう言うと、私の左右に男が二人で挟むように寄り、さらにもう一人が鋭い眼差しで、こちらの動きを注視している
正直、こんな連中を蹴散らすのは簡単だが、ちょっと時代離れした“御館様”とやらに、逢ってみるのも今後の役に立ちそう、と思った私は、(意識的に)緊張感を漂わしながら、あくまで一般人らしく、ランクルらしき大型車に乗り込んだ
隣りにはT堂と名乗る男が乗り込み、その場に居た全員がさっと3台の乗り込む。驚いたことに、無関係かと見えた4台目の車にいた人物が、無線機のレシーバーに向かって「撤収します」と報告する
この組織の統率度と、報告先がさらにある訳だから、その規模が知れなくなり、こりゃただの右翼さんじゃないぞ、と気が重くなる

車は、この場から一般道を南下して、やがて湾岸高速道のインターを入り、高速道路を乗り継いで東に向かう
スピードを上げて走る車内で、私はややうつむき加減に顔を伏せ、周囲偵察でこの集団の戦力を把握しようと試みている
「ご心配なさらずとも、御館様はA様に伺ってみたいことがお有りなだけで、なにも危害も加えることなど、お考えではありませんから」T堂氏は、私を安心させようとしているのか、威嚇しようとしているのか、よく分からないが、とにかくこういう場数を数々経験しているという、空気感がある
ここは相手に組し易し、と判断させておくのが上策と踏んで、ただ無言でうなづくだけにしておいて、周囲偵察に専念する。結果、前を走る車に2名乗車、いずれも拳銃携帯。この車の運転手と助手席は拳銃携帯、T堂氏は丸腰。後ろに続く2台のうち1台は拳銃を携帯した男2名、最後尾の車は丸腰の運転手1名のみ、といったところだ

東名御殿場インターで高速を下りて、今度は北に向かう。どうやら富士山の東側に向かっているようだ
こういった展開でよくある目隠しもなければ、脅しもない。とにかく、T堂氏は話し好きではないようで、ただひたすら、ランクルの後部座席に座っているだけなので、手持ち無沙汰の私としては、超人眼で車内をくまなく観察して、座席の下のボックスに、折りたたまれた自動小銃らしきものがあるのを見つけたり、車の二人の男は防弾チョッキらしきものを身に着けているとか、隣りのT堂氏の携帯は、一風変わった形をしていることなどを確認していた
やがて、富士山の裾野の森らしき道から、大きな鉄柵の門(車が近付くと、自動で開いた)を車のまま入り、恐らく敷地内の道をしばらく走った後、土塀と大きな門のある屋敷の前に停車した
ここまで入って来る前に、小山のような(或いはトーチカのような)ものが、ひとつふたつ見え、周囲偵察で調べると、目の前の大きな屋敷の四方に、そのような陣地(というのが正しいだろう)が在り、電気を多く使う設備と要員が、それぞれに配置されているのがわかった

助手席の男に先導され、先を行くT堂氏の後に続いて、門から玄関に続く飛び石(伝石だっけ?)を踏んで歩きながら、その規模の大きさに圧倒されている、庶民の私
玄関に着くと、開け放たれた玄関座敷に着物の女性が、いわゆる三つ指をついたお辞儀をしているではないか。こんな礼儀をするような処に、行ったことがない私としてはつい、どぎまぎ状態に陥ってしまい、相手のペースに乗ってしまいそう、である
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2018年05月30日

熟年超人の日 stage3 41

言葉を交わしつつ、さっきの銃声で警備員やら、警察なんぞがやってくるんじゃないかと気になり、さーっと周囲偵察を試みる。すると、この駐車場に新たにやって来る車は無いようだが、前から停まっている車がどうも怪しい
私の周囲偵察能力は、動いている人間と電波を発する物に強く反応するようで、どうやら4台の車に、そのような反応がある。となると、このナイフ男はただの囮で、もっと厄介な連中がこの私をターゲットにしているのかも知れない(こんなストーリー、映画しか無いと思っていたが…)

このおっさん、とんでもない野郎だ、とT野は折られた左手首の痛みと、まだ感覚が戻り切っていない右手に気を取られながらも、冷静に考えを巡らせていた
ヤスコーが、二人の隠れ家に二人の男を連れて(というより連行されて)戻って来たのは、先月の25日のことだった。
てっきりサツが一緒だと思い込んだT野が、逃げようとする間もなく、素早く逃げ道を塞いだ男の一人に「御館様のお呼び出しだ」と告げられた。その言葉を聞いて、何年か前に若頭に取り立てられたときに、W木組長と行った本家のT組で、俺たちは御館様に守られてるから、なにかあったら本家を頼れ、と言われていたことを思い出した
そこで、大人しくその男の言うことを聞いて、でかい外車にヤスコーと二人乗せられて、随分走って森の中にある大きな屋敷に連れて行かれたのだ

応接間のような部屋に、T野だけ通され、品の良さそうな初老の男から、S会事務所が空を飛ぶ緑色の怪人に、壊滅させられた経緯を聞かれた
その時、そのグリーンマンと名乗った怪人が、自分たちが追っていたAという男に害をなす者は許さない、と言っていたことを告げると、初老の男はうんうんとうなづいて、壁に掛けられている大きな鏡にちらっと視線を走らせた(その視線の動きから、T野はその鏡の向こうに誰かが居て、こちらをじっと見ているのだと直感した)
その夜はその屋敷に泊められ、翌日、今度は若いきれいな女がT野達の部屋に入って来て、封筒に入った札束と携帯電話を渡しながら「御館様の連絡があるまで、都内のホテルに部屋が取ってあるので、そこで待機するように」と伝えた

ヤスコーは、その女がとてもきれいで「あれはきっと昨夜の御館様の情婦(いろ)ですよね」、などと言っていたが、T野は、昨夜の初老の男は多分御館ではなく、鏡の奥で見ていたのがそうだと思っていたが、その場は「ああ、そうかもな」とだけ返事をした
屋敷の別棟にある床屋で、二人はさっぱりさせられ、部屋に戻るとこぎれいな服も用意されていた。
それから、ここに連れてきた無口な男が、今度は別のワンボックスカーで送ってくれたのは、東京都とは名ばかりの、M市の駅前のビジネスホテルだった
「このホテルからは出るな。食事は館内のレストランで摂ること。警察がお前たちを探しているが、公開捜査はストップをかけてあるから、目立つ真似だけはしないように」と言い残して帰って行った

それから2週間ほど経った後、ついに携帯が鳴り、あの初老の男と思わしき人物から、N市に行き、探偵Sを脅して、Aと接触せよと指令があったのだ
N市に戻ったT野とヤスコーは、例のアパートに戻ると、隠しておいた拳銃とナイフを取り出して、御館の部下が用意してくれたSUVに、探偵屋を呼び出して、Aに連絡するよう脅したのだった
御館からは、間違いなくA本人を御館の屋敷に連れて来るよう、それだけを命じられていたのだが、組事務所を潰されるきっかけになり、関わりあるぼったくりバー「夜露」で暴れたAへの、T野の気持ちは収まらず、得意のナイフ技で肝を冷やしてやろうと試みたのだが、文字通りあっさり捻られてしまい、このAという男を、いつかきっと泣き言を言わせてやると、心に誓っていたのだった

そんなことを、妙に下手に出て来た目の前の男が、考えているとはつゆ知らず、むしろ私は3台の車から降りてきた6人の男たちに気を配っていた(どうやら4台目の車はただの買い物待ちの旦那のようだ)
「恐れ入ります。Aさんでいらっしゃいますね」見たところ50代と思しき男が、丁寧な口調で訊ねてきた
「そうですが、そちらは、どなたでしょう?この乱暴な方のお知り合いかな?」超人になる前だったら、こんな度胸の据わった応対は、とってもできなかっただろうが、今はへっちゃらだ。アドレナリンが出ているせいか、矢でも鉄砲でも持って来い、ってなもんだ
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2018年05月08日

熟年超人の日 stage3 40

SUVの方も気になったが、それより目の前の男の連続攻撃が、なかなか厳しい
超人速度で動いて良いのなら、今、鼻先すれすれをかすめていったナイフなど、叩き落とせるのだが、ここは普通人Aとして、これくらいの危険は捌けなければ意味がない
二度三度と顔面をかすめる刃をかわすうち、ふっと相手の狙いが理解できた。そう、理解できたのだ
身体の方が、自動的に男の攻撃に対処している間に、このところよく出て来る客観的な自分、年相応の私が、今の状況を分析し対応策を示してくるような感覚
SUVにいる奴の飛び道具は、目の前の男の攻撃が止むか、私が男を倒した瞬間に発射されるだろう(当たるか当らないかはともかく)
逆に言えば、目の前の男の動きを封じて、体をぴたりと寄せてしまえば撃てない、ということだ

では、そのように、と決めたそのとき、男の左の手が動くのが見えた。しかも手品のようにその手の中から光る物が飛び出している
先ほどから激しく動かしているナイフは、大ぶりな片刃のやつで、軍隊で持つものに似た形(そこまで大きくはないが)をしているが、こんど出て来たやつは両刃の小さいやつで、昔飛出しナイフと言ってたやつだ
それがストレートに私の腹を目指して繰り出されているのだ
普通人でも習練すると、これほどのスピードが出るのか!と驚きつつも、そこは超人なので、それ以上の早さでその手首に手刀を見舞う
うっ、と声が出たが、続いて右手のナイフで、薙ぎ払うような一閃が私の首筋を襲ってきたが、大きなモーションなので、今度はその手にこちらの左手をからませるようにして、男の動きを封じてしまう

先ほど手刀を見舞った左手首は骨折したのか、だらりとなっていて、掌の中にあった小さなナイフは駐車場の床に落ちている。そして、形勢が有利に展開していると見て、今まで傍観していた小柄な男が、そのナイフを取り上げようとして、動き出す
「危ない!動くな!」私が叫ぶとほぼ同時に、SUVの運転席のドアが開いて、人影が飛び出したかと思うと、バンと銃声が響いた
私はナイフ男を押さえ込んでいるので、その弾がどこに行ったのかは確認できなかったが、どうやら小柄な男(多分探偵業のS)に当たってはいないようだ
「やめろ、やめろー!、ヤスコーやめろ」抑え込まれている格好のまま、ナイフ男がSUVに向かって大声で制止する
相変わらず眩しいヘッドライトの光の中に、背の高い男が両手で拳銃を構えた状態で現れ、じわじわこちらに向かって来る

「お、おっさん。いや、先生。先生、手を、手を放してくださいよ」かなりな超人力で抑え込んでいるナイフ男が、いやに下手に出た物言いで私に話しかけてくる
「なんだ、ナイフを振り回しておいてから俺に話か?」こういう輩は、相手が強いと見れば下手に出て、あわよくば隙をついて反撃してくることぐらい、アクションものも好きな私は先刻ご承知。とにかく油断はせず、上から目線で対応する
「い、いやぁすみません。先生がどんなお方か、そこも調べて来いと、さるお方に言われておりますもんで、いやホント、失礼いたしました」どうやら本気で謝っているようなので、締め付けている手を少々緩めてやる
ただ、SUVの男がまだ拳銃を構えているので、なにか動きがあれば、このナイフ男をぶつけてやろうかと思っている
「お、おい。チャカを下ろしてこっちに来い。先生にご挨拶せんか」私の情況を読んで、手下らしいSUVの男に命じ、SUVの男は素直に拳銃を下ろすと、少し不服そうな面持ちで、傍までやって来る

「どうも、ありがとうございます」ちょっと意識外だった電話の男、探偵屋のSが私のすぐ傍まで近付いていて(これは今後の反省事項だ。被害者を装った敵だったら不意を突かれるところだった)礼の言葉をかけてきた
とにかく場が落ち着いたようなので、もう少しナイフ男への締め付けを緩めてやると、手からナイフがガチャンと落ちる
「一体、なんのまねだったんだ、これは」声の調子は、あくまで強いままで、そう尋ねてから、今度はすっかり手を離してやる。
「どうも申し訳ございません。今回の所業は、私らのずっと上のお方の命があったのを、私なりに先生を試させて頂いたような次第でして」痺れた右手を軽く振りながらも、折れてしまった左手はだらりとさせたまま、ナイフ男が歯を食いしばるようにして話を続ける
「申し遅れました。私、T組直系S会若頭のT野信治と申します。実は、先刻私らの事務所にカチコミをかけられたお方が、先生のご命令で私らを懲らしめに参られたとおっしゃられたことを、上の上のお方にお話ししたところ、ぜひお会いしたいと…。それでこの探偵屋に、渡りをつけてもらった、という訳でして」

なんと、この(や)の上の上の人物が、私に用があるって訳か。そうか、ああいう事務所をああすると、こういう風になるのか。そうだよな、ああいう稼業の人たちは、なめられちゃあいけないらしいもんな
一般人として存在するってことは、いろんな世間と関係を持っていることなんだなぁ
「それで、その上のお方がどうしたいって話しなんだ」…ここは強気強気!
posted by ミスターK at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年05月06日

熟年超人の日 stage3 39

N駅から、指定場所の大型ショッピングセンター・イオスみなと店まで、どこで誰が見張っていてもいいように、JRと電車を乗り継いで移動することにする。(折角超人なのに…T電から入金があったら車を買おう)
臨海鉄道のA駅に着いたのは、約束の8時の20分前だった。駅から徒歩で1〜2分で、イオスの入口に到達。Sとの待ち合わせ場所の4階の屋上駐車場までエスカレーターで上ると、連休明けではあっても、暗い駐車場には、20台くらいの車が散在している
もちろん、すぐ駐車場内には入らず、館内側から場内を中心に周囲偵察をすると、案の定何台かの車に反応がある
これはと思う車を透視して見ると、どうも伏兵という感じではなく、シートをリクライニングして休んでいたり、スマホを操作している風である
どうやら、お買物中の家族を待っている、といったところか。いずれにせよ、そんなに大規模な待ち伏せなどは無さそうだ

まあ、なにがあってもなんとかなるだろうと、影スーツが変身した黒ぶちメガネをして、駐車場内に足を踏み入れる
と、前方に停まっているSUVのヘッドライトが点いて、誰かが降りてこちらにやって来る
HIDランプとか言う、白くてとても明るいライトが、こちらを真直ぐ照らしているので、普通の人間だったら、眩しくて相手の姿を見ることは出来ないだろう。が、おあいにく、こちらは超人さまなので、私よりも小柄な男と、それよりずっと背の高い男(超人眼で拡大してみると、どうも見覚えのある男だ)の二人が、こちらに向かってゆっくり歩いて来る
「Sさん、ですかね?」一応、一般人らしい反応を見せるため、少し間抜けな声音で声をかける
「はい、どうも、Sです。そちらに行きますから」って、こちらに来るのは分かっているが、その応答に若干んの震えが混じっているのが分かる

「お一人ですか?どなたか、ご一緒ですか?」敢えてとぼけた呼びかけをする(むろん、Sの後ろにぴったり付いている人物に、少しでも油断してもらいたいが故だが)
「Aさんも、お一人ですか?」語尾がかすれがちだが、一応、警察でも連れて来てはいないかの確認のようだ
「はい、一人ですよ」(ですから安心して下さい、と言い足しそうになって、危うく止める)そして、いかにもそちらが眩しくて見えないという風に、小手をかざしてみたりしてみる
そんなやりとりをしている間にも、歩を進めているあちらと、経ったままのこちらとの距離は、当然縮まっていく
「実は…」と、Sがすぐそばまで来て、話しかけてきた直後に、その後ろから男が飛び出して来た
手に持っているやばいモノが、きらっと光る

普通の人間にしては、相当素早い動きで、もし不意を突かれていたら、今の私でもびっくりしてしまって、彼の手のナイフで、一太刀浴びせられていたかも知れないが、残念ながら分かっていた私は、武術の心得のある者らしく、その手首を摘んでぐいっと上に捻り上げる
が、この男は場数を踏んでいるらしく、おまけに身長167pの私より背が高いので、捻り上げられた手に執着しないで、先の尖った革靴で、私の脛を蹴ろうとする
そんなもの当っても、別にどうってことはないのだが、あくまで一般人のやや強い程度でいく積りなので、その蹴りを危うく、といった感じでかわしてあげる
当然、手の力が緩んで、相手は再びナイフを構えることができた

さっと周りを確かめると、場内で停まっている車の中の人間は、まだ誰も変わった動きをしていない
Sと思しき人物は、後ろの男が前に出る際に突き飛ばされた形で、転んだままこの刃傷沙汰に巻き込まれまいと、身を固くしている
ちょっと厄介そうなのは、相変わらずヘッドライトでこちらを照らしているSUVの中の人間で、闘争中でやや精度が落ちている周囲偵察の感知内に、拳銃のような飛び道具の反応がある
posted by ミスターK at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年04月26日

熟年超人の日 stage3 38

H本部長とのやりとりを終え、携帯をリビングテーブルの上に放り出したまま、冷蔵庫の飲み物を取りに行く自分の動作の軽やかさに、本当に動きが若々しくなったものだと、一人で悦に入っていると、卓上の携帯がブーンと振動を始めた
二つ折りの画面をパチンと開くと、発信者は不明で携帯番号のみが表示されている。誰からだろう
「はい」とだけ、返事をすると
「もしもし、Aさんですか。探偵のSですが」探偵のS?…探偵のSって、誰だ?ふと、以前K刑事がその名を口にしていたことが甦る。確か、テレビリポーターのD氏と探偵屋にも、Gのことを話してあるんだ、と言っていた。きっとその流れの中で、私の携帯番号も教えていたんだろう

「ええ、Aですが」と、一応警戒して短く返事をする
「実はですね、K刑事さんから例のS会についての捜査資料を、お宅さんに渡しておいて欲しいと頼まれてましてね。どうです、これからN市でお会いしてお渡しするっていうのは?」ぶっつぶした相手の捜査資料なんて、見て意味があるのか、と思ったが、あのK刑事が見せたいと言うのなら、なにかあるのだろう
「わかりました。で、Kさんも来られるんですか」
「いや、それが大事な捜査会議があるって言うんで、私が頼まれた訳でして…」
「そうですか。で、どこへ行けばいいんでしょうか?」落ち合い先の名と場所を聞いて、相手が通話を切るのを確認して携帯をパチンと閉じる

「こ、これで良ろしかったでしょうか?」会話を終えると同時に、元S会若頭のTにスマホを取り上げられて、探偵Sは自分の声が震えているのに改めて気づく
「よし。それじゃあ、待ち合わせ場所に移動するとするか。ヤスコー、車を取って来い」Sの喉元にアーミーナイフをぴたっと当てていたヤスコーことI瀬は、へい、と頷くとSの事務所のドアを開け、このビルの近くのコインパーキングに置いた車を取りに出て行く
「それでは、私は…」その後を追って出て行こうとするSの襟首を掴むと、Tが「だめだ」と言い放つ
「お前がサツとつるんでるのは先刻承知だ。本来ならこの場で殺っちまってもいいんだが、生かしておけば役に立つこともあるかも知れん。…だろ?」そう言っておいて、襟首を掴んだ手にぎゅっと力を込めてから、Sの体を突き飛ばす

耳の中にSの緊張している声音が残っている。なにか、緊迫した状態で私に電話して来たに違いない。パソコンを起動して、さっき彼が言っていた待ち合わせ場所を検索する
どうやら港区の、総合ショッピングセンターの中らしい。N駅から臨海高速鉄度に乗れば行けるらしい。
いずれにせよ、N駅で逢えばいいものを、わざわざN市のはずれの場所を指定するとは、ね。危なそうな臭いがぷんぷんだなぁ

わくわくを感じて、高揚している自分がいる(さぁて、どっちのスーツを用意して行こうかな)
posted by ミスターK at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説

2018年04月18日

熟年超人の日 stage3 37

結局、会社の登記はゴールデンウィーク明けになってしまった
午前中に法務局に行って、全手続が完了。迷った末、会社名は平凡に、株式会社緑化計画とした。銀行口座の開設も成ったので、昼休み時間を見計らい、久しぶりにT電のH本部長の携帯に連絡を取る
「あ、どうも、Aです。ご無沙汰してます」なるべくへりくだらないよう、営業口調を抑えて、なるべく対等の立場で喋ろうとすると、どうもぎこちなくなってしまう
「はい、Hです。ご無沙汰しております。当方からのご連絡が滞って、申し訳ございません」なにかあったのだろうか、かなり下手に出ているような気がする
「お待たせしました。本部長さんのアドバイス通り、会社を立ち上げましたので、そのご案内と思いまして…」
「あ、そうですね、…そうですか」どうも歯切れがよくないな

「で、本部長さんのおっしゃるように、会社名義の口座を開きましたので、そのご案内はどのようにすれば良いのかと…」つられて、こちらももやっとした言い方になってしまう
「実は、社内調整はほぼ完了仕掛けたのですが、政府筋からご指示がございまして。要するに、この件の進展については、少し待て、ということでございまして…」えーっ、そんな横やりが入っているのか
「ということは、Gの手は借りない、ということなんでしょうか?」少しむっとした声音で返答する
「い、いや、そういうことではございません。今回お願いしている、廃炉撤去にグリーンマン様のお力をお貸し頂くことについては、基本、政府も反対という訳でもないのですが、国際的にも注目されている事象でありまして、その辺りの誤解のないアナウンス方法の整合というか、国家的な方針を検討中ということでして…」
なるほど、日本だけの問題ではないということか、と腑には落ちたが、それではこちらが困る

「そうですか。で、Gへの依頼はいつまで延ばせば良いんでしょう」先方が企画内容を検討したい、と言っているときは、期限を切って、回答を促すのが企画屋稼業の鉄則だ
「い、いや、どうでしょう、どれくらいまでお時間を頂けるのでしょうか。お教え頂ければ、それをあちらに回答して、本件の進展を促したい、とも思うのですが」
「そうですねぇ、ご承知のようにGは宇宙で仕事をされているようなので、時間感覚そのものが我々とは違うと思われるのですが、前回のテレパシー連絡のときには、放射能の拡散についての危惧を晴らすのに、集団思考型のこの星の人類は、意見調整にある程度時間を費やするだろう、と言われていました。実は、仲立ちをさせて頂いている私の方にも、国の方からいろいろ接触がありまして…」だから、家族を守るためにも、お金が必要なんです、と言いたいところを、ぐっと堪える

「そうですか、そうでしょうねぇ。すみません、こちらがお願いしなければいけないのに、Aさんにご無理をお願いしてしまって。開設された銀行口座は、私のスマホにメールでお送りください。メールアドレスを申し上げますので、メモのご用意を願います」心配するまでもなく、相手の方から触れにくい話をしてくれた
わかりましたと言って、手元にメモ用紙を置き、H本部長の言うメールアドレスを控え、早速そのアドレスに、開設した会社名義の普通預金の口座番号を送信すると、折り返しメールが届く
<待機頂く間の、着手金をお振込みしたいので、金額をお教えください>とある
ちょっと躊躇したが、思い切って《1億円でお願いします》と送る
すぐに返信が着信して<会社承認がまだ取れておりませんので、後日ご連絡を差し上げます H>ときた
それはそうだろうと納得したので《了解しました。お早目にご連絡を》と送信して、交渉を終える

しかし、折角超人になったのに、これではなかなか次に進めない。ジュブブの心配も、案外こんな処にあったのかも知れないと、少々気分が落ち込む
なんだか、超人能力を思いっ切り発揮して、すかっとしたいなぁ、と心の底からなにかが頭をもたげてくるのを、今までの自分が、だめ出しをする。
ゴールデンウィークの間は、Y市の息子のマンションに行って、妻や孫や息子夫婦と楽しい時間を過ごせたが、その際も、今取り掛かっている仕事が、近々うまくいきそうだ、などと楽観的な話を開陳していたので、ますます気が重い

T電事業本部長のHは、Aから送られてきたメールの金額をもう一度眺め、ため息をついた
仲介者のAが要求してきた手付金の金額には驚かなかったが、社内の慎重派、反対派の連中が、金の話となると、どうN見山社長に訴えてくるか、想像がつくのだ
漫画や映画のスーパーマンなら、無償の行動なのだろう。しかし、こちらの希望の通りに作業して(…そう、作業なのだ )もらうとなれば、ちゃんとした契約を交わす必要がある。
その契約の仲立ちが一般人なら、対価を要求してきても当然だろう。すでに、あの施設の破壊状況を把握し、放射能汚染の拡大を防ぐため、何千億が費やされ、これから先、何兆円掛かるのかも知れない廃炉作業の、核心部分が、一気に片付くかも知れないことを思えば、安い金額ではないか。
彼がこの先請求して来るはずの成功報酬も、せいぜい十億円といったところだろう(いずれそこも詰めないといけないが)
意を決すると、デスクの社長直通の社内電話を取り上げる
posted by ミスターK at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説