2018年07月17日

熟年超人の日 stage3 50

「そんなつもりは毛頭無い、と伝えてくれんか」今までずっと、神社のご神木のように静かな佇まいを見せていた老人の声音が、少しだけ人間味を帯びている
「分かりました」と答えて、再び瞑想ポーズをとって周囲偵察を試みる。その反応に空中待機しているGスーツの視野を重ねると、庭園内に散らばっている20人のうち、樹木の陰で長い銃器(ライフル?狙撃銃?)を構えている者が七人、指揮を執っている者が三人、撮影機材を扱っている者が八人、建物内に入ってPCを操作しているらしき者が二人いるのが分かる
「庭に配置されている者のうち、明らかな敵対行動を取っている者が七名いる、と伝えわってきました」と伝えると、老人の心拍数が上がる

「T堂、銃を下ろさせろ!」固い凛とした声が、老人からほとばしる
T堂氏が襟元のピンマイクに小声で命じる。私の超人耳には「銃を下ろせ!」と聞こえてはいるが
「ここに来たのだから目的は達しているから、立ち去ってもよいか、と伝えて来ました」と、私が伝える。どうもめんどうだが、このやり方しかないようにしてしまったのは、私だ
早朝にこの辺りを覆っていた霧は、もうすっかり晴れている。中庭の真上の空中で、軽く脚を開いて腰に両手をおく、スーパーマンポーズを取っているGスーツは、私が見てもなかなか格好いい
「ここに降りて来て、わしと話ができんか、そう訊いてくれ」老人が私にそうねだる。これが一番の難関なのだ。空スーツでは、降りて来て話をする訳にはいかない
「惑星住民と交流することは、彼、あ、私のことですが、のような緊急時接触以外、銀河規約で禁じられている、と伝えて来ました」苦しい言い訳だが、こんな言い方しか思いつかない

庭園に散開しているこの屋敷の護衛隊は、植え込みや樹木の陰に潜んでいたが、各班の隊長から射撃解除の命令を受けて、銃口を下に向けているが、眼は屋敷の中庭上空の緑色の怪人から放していなかった
屋敷の玄関口前の、楡の大木の陰に潜んでいる東の守り『青竜隊』のスナイパーS原は、その時急に吹いた一陣の風に、緑色の怪人がふわっと横にずれたように感じた
もう一度、視力2.0の目で宙に浮いている怪人を凝視すると、時折り吹く強い風に、ゆらゆらしているように見える
「班長、奴はもしかするとバルーンかも知れません。確認のため、発砲しても良いでしょうか」その報告を受けた青竜隊隊長のR崎は、同時通話で聞いているT堂にお伺いを立てる

T堂が老人の耳元に口を寄せて、なにごとか囁いている(が、私の超人耳には「部下が上空の怪人が風船ではないかと言っています。確かめるため、狙撃の許可を申し出ています」と聞こえている)
「Aさん、あの空飛ぶ超人が風船細工ではないかと、部下が申している。で、穴が開いて空気が漏れるか、跳ね返してしまうか、試してみてもよろしいかな」なんとドスの利いている物言いだ
「分かりました、今訊ねてみましょう」Gスーツなら中身があろうが無かろうが、銃弾などへっちゃらだろう
「やってみよ、と伝えて来ました。ただし、それが済んだらこの場を離れる、ということです」まっすぐ老人の眼を見て、そう返答した。一瞬、老人の眼に力が宿り、すぐ瞼が閉じられ
「では、T堂、やらせてもらいなさい」T堂氏は「はっ」と言って、頭を下げると襟元のピンマイクに向かって「射撃開始」と、抑えた声で指示を送る

私はと言えば、テレパシーを装いながら、メガネのテンプルを、トト、トトと二連打の連続打ちで、GスーツにK市のアパートへの帰投を指示して、この後のセリフを考える
バスッ、バスッ、バスッ、とサプレサーで抑えられた銃声が十数発聴こえ、じきに静かになる
「全弾命中すれど、怪人は腰に当てていた手を頭上に伸ばして、始めはゆっくり上昇して、その後もの凄いスピードで飛び去ったとのことです」常に落ち着いた物腰のT堂氏には似つかわしくない、やや慌てたかすれ声の報告に、少し前に部屋に到着して老人の両脇を固めている二人のSPも、部屋の入口に控えているN絵も、沈黙に浸されている
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2018年07月06日

熟年超人の日 stage3 49

「失礼します」涼やかな声が掛かり、N絵が部屋に戻って来た
「B東の手首は、きれいに折れていたので、1月ほどで職務に戻れるということでございました」
「ならば、白虎のN田に言って、2名こちらに置くように」老人がN絵に申し付ける
「すみません、B東さんに悪いことをしてしまいまして」一応、謝る体裁を取る
「いやいや、あの程度に抑えて頂いて、こちらこそ申し訳ない」何事も無かったように老人が応える

「ところで、さっきの話だが、あんたの頼みごとに、その宇宙人は、どの程度まで応えてくれると思っているのかな」一気に、話が核心に迫る。
この老人は、いわゆる政界の黒幕って人物らしいが、うっかりしたことを約束させられると、一般人Aとしての私の束縛になってしまいそうだし、結果、超人活動がこの日本第一主義で、なおかつ“何でもやれることはやる”的な、過激派に利用されるようになったら、ジュブブが黙ってはいないだろう
「以前、F原発の放射能廃棄物を、一気に片付けられるか訊ねたときに、それはこの惑星の人類にとっても良いことだから、助けてやろう、みたいな答えをくれました。多分、彼は他の惑星の人間に対して、公正中立の存在でいなければならないんだと思います」うまくまとめられてはいないが、自分なりに筋の通った答えが出せた、と少し自己満足

「ほう、それはあんたの考えなのかな、それともあんたの言うテレパシーで宇宙人がそう伝えてきたのかな」
「公正中立な存在である、というところは明確に伝わって来ました」この一点は絶対に譲れないところだ
「それで、その宇宙人とは会えるように手筈してくれたのかな」
「明け方にあったテレパシー連絡では、そろそろ現れる頃かと思います」神経質そうにこめかみの辺りを、指先でとんとん叩きながら、メガネのテンプルを2回軽く叩く(これで、木の梢からこの屋敷の上に飛来するはずだ。ただし、最近話題になっているAIのような機能があるので、後はGスーツが状況判断をしながら、ここにやってくる筈)

私のメガネの内側に、Gスーツが見ている景色が小さく映り始めた。今、梢から垂直に急上昇して、地上5000mまで上がり、そこで透明化を解除。かなり抑えた速度でこの屋敷の中庭を目指してやって来る
私はと言えば、テレパシー通信の開始を装って左手を額に当て、右手の親指でこめかみを押さえるポーズを取っている
そのただならぬ気配に、老人は無言でこちらを一瞥すると、一瞬、目でN絵をうながす
N絵はさっと立ち上がると、軽く会釈して部屋を出て行く。入れ違いにT堂氏が、さっと部屋に入って来る
「御館様、現れました」どのようなときにも変わらない声音が、微かに興奮の色を帯びている

私の影メガネの内側の映像が、ロの字型のこの屋敷を鳥瞰している。つまり、Gスーツが上空に来ている
テレパシーを受け止めている風を装い、周囲偵察をすると、屋敷の四方に配置されている築山型のトーチカ内で、激しく人が動いている
北側の築山トーチカから、この屋敷に延びているトンネル通路を、急速に接近しつつある二人(さっき老人がN絵に命じていた白虎から来る応援だろう)が、いる。さらに、四つのトーチカから五人ずつが、庭園内に散開していく
「Aさん、どうやら宇宙人が来たようだな」相変わらず正座したままで、老人が低い声で言う
「今、グリーンマンと会話中です。お静かに…」この機会に場の主導権を握ってしまおう

この屋敷の中庭の上空10mに、Gスーツは空中待機。庭園内に散開している人物たちは、銃らしきものを構えている。それだけで、この屋敷の戦闘体質が顕わになる。そして、老人がこの国で掌握している権力の裏側も、明瞭に露呈する
「なぜ、敵対行動を示しているのか、と言っております」こんな言葉をぶつけてみる。以前の私には考え付きもしなかった言葉だが、最悪、この屋敷をぶちこわしても仕方ないか、と覚悟してのセリフだった
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2018年07月03日

熟年超人の日 stage3 48

「すごい技だな。初めて見る。古武道のようだが、何流かな」老人が、感心したような声でそう言うのを、部屋の隅に控えていたN絵が、B東のもとに素早く歩寄ると、片膝をついて右手の具合を調べて首を振る
「手首が折れているようですので、手当てをしてあげたいと思います」そう言うと、老人が微かに頷いたのを確認してから、もう身を起こしてているB東に肩を貸し、私に一礼すると、二人で部屋を出て行く
私としては、B東さんの袖を掴みに来る手の、予想もしない速さにびっくりして、反射的に超人力100%でその手を払ってしまったための、事故みたいなもので、手加減できず悪いことしたなぁ、と反省
とにかく今後は、こうした日々の習練で極めた技に対応する場合、こちらもある程度ちゃんとした格闘術を習っておかないと、普通人のAとしての状態で暴力沙汰に遭遇したとき、強さの説明がつかなくなる

「流派はともかく、Aさん、あんたが只者ではないことはわかった。そこで、もうひとつお尋ねするが、あんた、この日本をどう思っているのかね」両の手を膝に置き、正座したままの老人が、こう問うてきた
「いやぁ、私としては日本、いい国だと思いますよ。諸外国より国内がすっきりしていて」
「それは、人種という意味でかね」老人の興味が高まってきているのが、超人耳に鼓動の変化として伝わって来る
「まあ、それだけじゃぁなく宗教への依存度もそれほど高くないですし、四季の変化を同じように感じたり、言葉が大体そのまま通じることとか、つまり価値観のベースが共有できているということでしょうかね」…こう答えながら、国粋主義の権化みたいなこの老人に、受けそうな話を語れるのは、企画屋ならではの処世術だが、満更方便でもないのが本音

ふふっ、と老人は笑いを漏らすと「あんたは、人を喜ばす方向に話を持っていけるタイプだな」と、ぼそっと言う。なんと、見抜かれている
「まあよい。ところで、あんたから見て、その宇宙人のグリーンマンとやらは信用できると思うかね」突然話題が飛ぶ
「ええ、まあ、頭の中に直接コミュニケーションして来るので、彼の考えの基になっている判断基準みたいなものまで分かります」
「ほお。それは、彼の話に嘘が無いことが分かる、という意味かね」
「嘘が無い、というより、彼が伝えてくれることと、私が彼に伝えたいことが、ずれていないことが納得できる、みたいな感じでしょうか」自分でもよく分からなくなって、理屈になっていないような説明になってしまう。まず私自身、超人状態と人間的な部分の区分けがはっきりしていないし、まして宇宙人(この場合ジュブブだが)の考え方だって、よく分からないのだから

「そうか。なら例の事故原発を片付けるふりをして、タンカーに積んだ放射能ゴミを、どこかの国の首都にでも持って行って、そこにぶちまけるよう頼むとか、出来ないかね」真面目な顔で、すごいことを言う
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2018年06月26日

熟年超人の日 stage3 47

「お待たせいたしました」N絵と老人が呼んでいた女性の声だ。襖越しに透視すると、さっきまでのしとやかな着物姿から、作務衣姿に変わっている
「はい」と返事をして、部屋を出てN絵さんの後ろに付いて、左手に日本庭園を眺めつつ長い畳廊下を歩くと、先ほどの食堂も過ぎ、さらにその先を右に曲がったところにある部屋に入って行く
この部屋は板戸になっていて、長押のところに『鍛錬室』と書かれた額が飾ってある(鍛錬室…?)N絵さんに続いて部屋に入ると、朝食の時、老人の傍に立っていた背の高い男が、柔道着のような衣装で入口脇に正座している
昔、学校の柔道部で見たような塩ビの畳(柔道畳)が敷き詰められた、16畳ほどの部屋の正面奥に、老人が同じような道着に黒い袴といった格好で、こちらを向いて正座している。その背後は板戸が開け放たれていて、中庭が見えている。左右の板壁には、木刀が数本と薙刀、タンポ槍などが架かっている

「さ、どうぞこちらに」老人が、部屋の真ん中の右側を手で示す。なにやら腕試しでも始まりそうな雰囲気
危惧した通り、私が部屋の真ん中右寄りに進むとほぼ同時に、入口に正座していた大男が立ち上がって、私に正対するように立つ。私は、昨夜のままの恰好だというのに…
「A様には、合気道の道着でよろしければ、こちらに用意いたしましたので、どうぞお召し替え下さい」と、N絵が黒くて浅い箱(乱れ箱、というらしい)に入った白い道着の上下と、黒い袴、黒帯の揃ったものを私の前に置く
「これは、今から柔道の稽古でも始まるんでしょうか」一応、とぼけてみる(内心では、超人なんで別に怖くはないが、本格的な所作など知らないので、合気道やっていた、は通らなくなるな、と思ったりしている

「あんたは、合気道を嗜むと聞いている。この男は自衛隊の空挺団で新格闘術を始め、合気道、空手、柔道などを身に着けている。ひとつお手合わせ願って、あんたの人となりを見極めさせて頂きたい」とっても断るなんてできない雰囲気だ
「いやぁ、わざわざ人様にお見せするような腕前ではありませんし、特に流派などのない自己流ですから、と言ってもなにもしないで失礼する訳にもいかんでしょうから、やりましょうかね」などと、らしく応答して、道着を手に取ってみて、どこで着替えましょうかと、N絵嬢を見やる
「失礼いたました。あちらの衝立の陰でお召し替え下さい」そう言って、部屋の隅に立っている虎の絵の衝立を指し示す

どうにかこうにか道着を着用して(袴は動き辛そうなのでやめておく)、衝立の陰から出ると大男がいわゆる自然体で部屋の真ん中に立ってこちらを見ている
「じゃあ、よろしく」と言って、こっちは超人なんだから、この男を怪我させない程度にやるには、どうしたもんかな、などと呑気に部屋の真ん中に歩み寄ると、大男が「B東、参る」と言ったと同時に、素早くこちらに接近する
「いやーっ」と、裂ぱくの気合をかけ、右手をすごい速さで伸ばして、私の左袖を掴みにかかる
これまで、砂漠のゲリラや(や)の連中と闘ったことはあるが、このように習練した相手と手合わせをしたことがない。なので、その気合にびっくりして、思わず制限しない速さでその手を払い退けてしまった
バチッと激しい音が響いてその瞬間、大男が右手を抱え込むようにして、畳の上に転がり、苦痛の声をもらす
「それまで!」老人が、甲高い声で試合を制止する
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2018年06月19日

熟年超人の日 stage3 46

時計が6時55分になったとき、襖の向こうに人の気配がして「お目覚めですか?」と涼やかな声がする
「はい」と返事をすると、昨夜の食堂で御館様が朝食をご一緒に、と申しておりますのでと、声が答える
「着替えましたら、伺います」と返事をすると、ご朝食は和風でよろしかったでしょうか?と言う声に「ええ、それでお願いします」と答えておいて、ささっと部屋の外を透視する。調理場と思しき一角で作業をしている昨夜の料理人と、廊下を遠ざかっていくいかにも秘書然とした女性、食堂の入口に立っているT堂氏らしき人影、食堂に座っている小柄な人影(恐らく御館様)、その横に立つ背の高い人物…で、全員のようだ
昨夜2時過ぎに到着したGスーツの自動タイプは、屋敷近くの森の中で一番高い、大きな杉の木の梢にグリーンマン形態のままスタンバイしてある

ところで、用意されていた肌触りの良い、いかにも高価そうなパジャマから、ここに連れて来られた時のままの、自前の服(スポーツシャツ、チノパン、吊るしの春物ブレザー)に着替えて姿見に映すと、若干の気後れが否めない
自身、あまり服装や住まいに頓着しない性格だと思っていたが、所詮、そんなに気になるような場所に出る必要がなかっただけで、こういう趣味の統一に金のかかった世界に放り込まれると、居心地が悪く、ややもすると心に卑屈の影が差すのだと、気付かされる
そんなネガティブ気分を振り払って、食堂に向かう。「おはようございます」と声をかけて、入口に立っているT堂氏に軽く頭を下げながら食堂に入る
長方形の大きな食卓の一番奥に、この家の主である老人が座っていて、傍らに背の高い若い男が立っている。T堂氏に勧められるがままに、入口側の席に着く。私の席の隣りは、あの若い女性だ

「どうかね、よく眠れたかね」少しかすれた声で、老人が私に訊ねる
「はい、良く眠れました。ありがとうございます」相当強引に連れて来られたことは気にしていない、という風に努めて明るい声で返答する。そこに、昨夜の料理人がサービスワゴンを押して入って来る。T堂氏と二人で、席に着いている私たちに朝食をセッティングする
老人には白磁の器に入った粥のようなものと、果物(いちじく?)を、秘書スタイルの若い女性(N絵さんだったか)には、スープとこんがり焼けたトーストとジャムとバター、野菜サラダ、私には鯵の開きを炙ったもの、山葵添えのかまぼこ、みそ汁、ご飯が用意される
「さあ、頂こうか。あんたもどうぞ」老人が声を掛けて、朝食が始まる

「すばらしいお住まいですねぇ」なにか言った方が良いかと、私から切り出す(ちょっと遜り過ぎかな)
「...」老人は無言でれんげを使って粥を食べている
「御館様は、お食事後にA様と時間を過ごされたいと申しておりますので、よろしくお願いします」N絵が代わりに話しかけてくる
「あ、はい、分かりました」そうか、この老人は食事中には喋りたくない、という訳か
お代わりを勧めてきた料理人に、もう充分頂きました、と辞して食事を終える(老人はお茶をN絵はコーヒーを飲んでいる)
「どうぞ、ごゆっくり」と言って老人が席を立つ。背の高い若い男と、N絵が両側にそっと付いて食堂を出て行く。私は、それから少し遅れて、T堂氏が淹れてくれたお茶をゆっくり頂き、T堂氏と料理人の二人に労いの言葉をかけることで、この先の予定が無いことを確認した後、一旦部屋に戻ることにする

朝の陽光が射す廊下を歩きながら、右側のガラス窓から見える日本庭園に改めて目をやる
昨夜は暗闇を超人眼でチェックはしていたが、この緑鮮やかな初夏の庭園の調和の取れた美しさは、やっぱり日本人の心に響くなぁ、と感心。布団が片付けられた部屋に戻り、高級日本旅館に似た室内を、改めて見廻すと必ずあるはずのテレビがないことに気付く
さあ、これからどうなる。Gに逢いたいと言っていたので、わざわざ呼び寄せておいたが、そのことには触れていなかった。一緒の時間を過ごしたい、って言っていたけど…。
もう帰っていいよ、と言われたら、どうやって帰ろうか。まさか、歩いて帰れとは言われないだろうが(そう言われたって困らないけど)、ここまで気を持たせてくれたんだから、手ぶらはないだろ、などと座布団に胡坐をかいて考えていると、廊下を近づいて来る人の気配がする。やれやれ、どうやらお呼びがかかったかな…
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2018年06月15日

熟年超人の日 stage3 45

「すみませんね、こんな遅い時間にご厄介になってしまって…」若い女性が相手だと、つい余計なセリフが出てしまう
「いいえ、こんな夜遅くにお招きしてしまい、お詫び申し上げなければならないのは、私どもの方でございます。長旅をして頂いたのに、なにもございませんが、どうぞお召し上がりください」食卓には、山菜を使った前菜らしき長方形の皿と、伏せられたグラス、箸などがセットされている
そこへ白衣の料理人が、山女魚らしき川魚の塩焼を持って来る。和服の女性は席を離れたかと思うと、ビール瓶を持って来る。こんな真夜中に、宴会でも始まりそうな勢いではあるが、残念ながら超人化している私の口中には、唾も湧かず、グラスのビールも単なる水分補給でしかない

そうは言っても、疑われてはならぬとせっせと箸を動かし、それなりに舌鼓を打ち、何杯かグラスを傾ける努力は惜しまない私ではある
食事が終わり、寝床が敷いてある部屋に落ち着いたときには、もう1時半を廻っていただろう。それまでお付き合い頂いた着物の女性(美女だよな?)も退がり、やっと一人になれる
しかし、あの女性(N絵さんと言っていた)曰く、御館様が初対面の人(つまり私)に向かって「あんた」と呼ぶのは、今まで一度も聞いたことが無いと言う。普通は、貴方と呼ぶか名前を呼ぶだけで、特に相手にしたくないときは、なにも呼びかけないらしい

布団に入って、寝る前に再度周囲偵察(屋敷内にはなんの動きもないが、四方のトーチカでは何人かと電子機器が活発に動いている)と、部屋内外の聴き耳、透視と、ひと通り試みて脅威はないと判断
それから、仰向けに寝たままの姿勢で、かけているメガネの右縁(蝶番)を右人差し指と親指で摘み、アパートに置いて来たGスーツに稼働指令を送る
続いて、右耳側の針金部分(テンプル)を、指でトントントンと軽く三回叩く。これで、スーツ形態になったGスーツは透明化した上で、開けておいた梨畑側の窓からそっとと出て、200qほど離れたこの屋敷を目指して、誰にも見つからないよう工夫しながら、20分ぐらいで飛んで来るはずだ

その少し前、老人が寝ている部屋の襖が、静かに開いてN絵がするりと入って来た
「どうだった、あの男はもう休んだのか」身動きひとつせず、仰向けに布団に横たわっている老人が、これ以上ないほど静かに尋ねる
「おっしゃる通り、御館様に好意を持つよう仕掛けておきました」老人の寝床に滑り込んだN絵が、微かな吐息のような声で囁く
「よし。では明朝、朝餉をあの男と共にする」それだけ言うと、老人の鼻息がすーっすーっと規則正しく漏れ始め、N絵はしばらくそのまま添い寝をした後、そっと寝床を離れる

多少気にしていたジュブブからのレム睡眠通信もなく、よく寝ていた私が目覚めたのは、屋敷内の気配が変わったからだと思う
この時代劇にでも出て来そうなお屋敷で、あの剣術の先生みたいな雰囲気の老人と話していたせいか、自分が歴史ドラマの主人公になったような気がする。それだからか、規則正しい呼吸音が耳につき、正確な人の反復運動が、最近は寝ていてもオンになっている周囲偵察感覚に作用する
なんとなく武芸者のような感覚で、すっと布団から身を起こすと、襖の向こうで「お目覚めですか」と声がする。どうやら、隣りの部屋に待機しているのはN絵のようだ。なんと、今まで気が付いていなかった!

「はい」と返事をすると、「今しばらくしましたら、朝食の用意が出来ますので、それまではお部屋でお休みになっていてください」と女が答える
もう、眠気(ありがたいことに超人になっても眠気は訪れてくれる)は飛んでいたが、ここは大人しく布団の中で待機させて頂く。代わりに透視眼で、さっきから周囲偵察感覚にぴんぴん来ている、反復運動の人物を探してみる
すると、かの人物(恐らく例の老人)がこの屋敷の中庭らしきところで、なにか棒状のもので、素振りをしているのが見える。気合は発していないが、呼吸に一瞬タメが入り、次の瞬間素早く棒が振り下ろされ、すぐに元の姿勢に戻る、ということを5秒間隔で繰り返し、続いて腰に棒をあてがい、素早く前に振り出す動作を20回続けた後、棒を腰に戻して、10秒ほど直立静止してから力を緩める
見ていて、こちらも緊張してしまうほどの、静かな迫力である
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2018年06月10日

熟年超人の日 stage3 44

「それなんですが、実はうまくいっていないんです。つまり、社内の意見統一がまだ出来ていないようでして…」本当のところ私は困っているから、つい本音が出てしまう
「そうか、T電の今の社長はN見山だったな。あいつは収束派だったと思うが、このまま金を遣っていてもらいたい連中も多いようだからなぁ。そこへ持って来て、政府内でも今回の件では、意見が分かれているから、Aさん、これはこのままだと、時間が掛かるな」前半はT堂に確認するように話しかけながら、後半は私に言い聞かせている
「そうですか…。まあ、そうだろうな、とは思っているんですが」とにかく、大きな案件を推進しようとすると、大会社ってやつは、その案件の良否より、その賛否が自分にどう跳ね返って来るかの、判断を優先するから、必ず組織内でもめる。これは、人間社会の宿命みたいなもんだな、と思いながら、自分がそんな風に考え方をしていることに少なからず驚いてもいる

「お困りなら、わしから一言いってあげても良いのだが、Aさん、あんたはそれを望むかな?」気が付くと、老人は眼を伏せて、なにか考え事をしているような調子で、ぼそぼそそう言う
「は、そうですね、どちらにしても、進展してくれないと。いつまでもグリーンマンさんを待たせておくのもなんですからねぇ」どうやら政財界に影響力のありそうな人物だと確信した私は、ここが突破口だと判断し、お願いしてみることにする
「なら、あんたを信用させて頂こう。どうかな、そのグリーンマンやらいう宇宙人を、わしに逢わせてくれんかな」おっと、そう来たか、と私は緊張する。この話しの流れでは、今、ここに呼んでくれ、と言われかねないし、そうなると一人二役が露呈してしまう

「ええ、そうですねぇ、お逢い頂けるように計らうことは可能なんですが…。なんでも彼は、第13星系区管理官とか言って…、いやこれはテレパシーと言うんですか、頭の中に浮かんだ彼の説明ですが。そもそも、その任務中にこの地球でトラブルにあったところを私が…」ちょっとしどろもどろになる私
「それで、あんたが助けてやって、その宇宙人が恩義を感じた、という訳なんだな。では、そのテレパシーであんたは今ここで、その宇宙人と連絡が取れるのかな?」見た目、80才くらいに見える痩せた小柄な老人が、驚くべき頭の回転を披露して、私を追い込んで来る
「え、ええ、やれますけど、今、地球に近いところにいるかどうかは、分かりませんけど。いいですよ、やってみます」テレパシー中を他人に見せたことは、ない(って、できないし)ので、どんな風にすればいいのか一瞬迷ったが、要は心ここに非ず的なところを見せればいいだろう、と腹を括った私は、どうせならこの老人の屋敷を周囲偵察で存分に視ることにする

そこで分かったのが、この屋敷の四方に配置されているトーチカのような建物は、地上3階地下3階の構造で、地下2階同士はそれぞれ通路があり、いずれもこの屋敷と通路で結ばれていること。この屋敷も純日本風建築の外見ではあるが、やはり地下2階まである構造になっていること。4つのトーチカの地下3階は、発電機や空調などのそれぞれ独立したライフラインを構成していて、この屋敷が相当強大な軍事力で攻撃されても、かなりな時間耐え得ることなどである
その間の私は多分、虚ろな表情をしていたのだろう、周囲偵察を終えて意識をこの場に戻すと、興味深そうに私を眺めている老人と、T堂氏、そして例の和服のきれいな女性の少し心配そうな眼差しがあった

「すみません、随分遠くにいるみたいで、今やっていることを中断して地球に来ることにしても、明日になってしまうということですが…」と、適当に答える
「ふーん。あんたがテレパシーをするというのは、本当なんだな。確か以前会った、ワイなんとかいう科学雑誌の編集長の、話の通りだった」老人の瞳が活気を帯びて輝く
「では、明日ということで。N絵、Aさんに夜食とお泊りの支度を」それだけ言うと、老人は組んでいた胡坐を解いて、いとも静かに立ち上がると、部屋の横手から出て行ってしまう(よいしょも、どっこいしょの掛け声も無くである。なんだかこの老人の方が超人だな、と感じ入る)
「それではAさま、こちらにどうぞ」若く美しい女性の声に、素直に従って廊下に出る。入って来た玄関側に戻りながら、左側に立派な日本庭園があることに気付く。二間ほど過ぎて通された部屋は、畳敷きに食卓と椅子がセットされた和様折衷な設えで、ここが食堂の間なのか、と思う
その時、部屋の壁の柱時計がボーン、ボーンと鳴り始めた。見ると長針と短針が重なり12時を告げている
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2018年06月08日

熟年超人の日 stage3 43

T堂氏はその場に立ったまま動かないので、私は靴を脱ぎ、いかにも銘木でございみたいな“上がり框”に、屋敷内への一歩を印す(素人目にも金のかかっていそうな屋敷の設えに、呑まれないようにしないと、と気を取り直した)
着物の女性がしとやかに誘う後姿に付いて、長い廊下を進んで行く間、それでも周囲偵察は怠らず、そうすることでこれから会う御館様とかいう大物(多分)との面談に、気構える。その結果、邸外の守りが過剰なほどの厚かったことに比べると、屋敷内は拍子抜けするほどがらんとしていることが判明する
どうやらSPらしき人物が、一人待機している部屋の隣の部屋に、先に入った女性が正座して、躊躇している私に、どうぞというように頭を下げる

「ご足労をかけましたな、どうぞお入り下さい」部屋の中から鉄錆びた声がかかる(きっと御館様だな)
失礼します、と言って部屋に入ると、紫檀とか黒檀と見える立派で重そうな座卓の向こうに、痩せてはいるが、なんだか活気のある年寄りが座っている
こうした、相手が初対面の社長級の人物に会う場合、こちらはそう張り合う気持ちを持たなくてもいいが、なにか見どころがあるところは、感じさせないといけない。しかも、相手の本丸(社長室とか)に通される場合、畏れ入っている雰囲気も見せつつ、呑まれていないところも見せるのだから、大変である
ただそれ以上に、本来的に相手が発しているオーラみたいなものがあるので、用意された分厚い座布団に腰を下ろしながら、私は位負けして、へへーっとなりそうなところで踏みとどまる

「貴方がAさんですか。今般のF原発事故の収束について、お力をお貸し頂いたようで、感謝してます」のっけから、こう来た
「あ、いや、私がやったという訳でもありませんので…」つい、しどろもどろになりそうになる。これはいかんと、態勢を立て直そうと顔を上げ、正面から相手を見返す
「ほほ、そうなのかね。貴方がやってくれた訳ではないと、そうおっしゃる」細めた眼がきらっと光る。そごい迫力だ
「そうなんです、彼はとても義理堅い宇宙人でして、私が彼の窮地を救ったことを、ずっと恩義に感じているようで、テレパシーでお願いすると、都合がつくときには私の頼みを聞いてくれるんです」あまり自信満々にならないよう、注意しながらそう説明する

「そうらしいですな。それで、あそこは、どうやって片付けるのか、貴方はご存知なのかな?」再び穏やかな、慈愛に満ちた目の色に戻っている。こういう人は、怖いということですね
「なんでも、タンカーの船倉に放射能汚染された一切合財を詰め込んで、太陽に捨てに行くと言ってましたが」
「ほほう、太陽に、ですか。そりゃいい。T堂、それが本当にできたら、廃炉問題どころか、核兵器処分だって簡単に片付いてしまうな」いつのまにか部屋に入っていたT堂氏が、大きくうなづく(それにしても、気が付かなかったなぁ…)
「それで、貴方がT電に出している仲介手数料の条件は、いかほどなのですかな」急に話が核心に急接近だ!

「もちろん、G、いやグリーンマンと言うんですが、彼が代償を求めている訳ではなく、この案件を仲介するに当って、以降の私や家族の身の安全を対価しようとなると、当面要るものはお金、ということでして…」
「いやいや、それはよく分かっております。貴方はこの仲介料で一儲けしようとされる方ではないようだ」
「そうなんです。ただ、すでに公安が私の身辺を守ってくれているというか、それなのに(や)の組織が、私の家族を拉致して、私をコントロールしようとしている動きもありました(ちらっと老人を見ると素知らぬ顔をしている)。
飛躍しているかも知れませんが、外国の諜報機関が、家族を人質に取ったりすれば、私としてはGに頼むことの内容が、必ずしも日本のためばかりとはならなくなりそうで、御館様ですか、御館様のようとは言えないまでも、家族を守る砦のようなものを至急用意したいと思っているんです」言いたいことを言ってやった

「それはそうでしょうな。ところで、S会の者にはきつく言っておきましたので、そちらはご心配なく。ただ、A国がすでにこの件で、政府にも正面切って申し入れをしてきておるようだし、C国もR国も、いやいや世界中が、ただならぬ関心を寄せているという話は既にわしのところにも入っておるのでな。それで、T電は素直に必要資金を出すと、言っておるのかな?」
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2018年06月03日

熟年超人の日 stage3 42

「いや、これは恐れ入ります。申し遅れました、私、倭(ヤマト)の国浄化財団の、事務局長を務めさせて頂いておりますT堂と申します」そう言って下げた頭を上げると、微笑みを貼りつけた顔の中で、細まった眼が私の瞳の奥まで探るような眼光を放った。ほかの5人の男たちは、手を後ろで組んで、害意の無いことを示している
“倭・浄化”そうか、こいつは右翼の人間だな、と私は直感した。ならば、ここは丁寧な喋り方と、怖気ていない態度が大切になるはずだ(…と、小説や漫画で見たような知識が、たじろぎそうな私を支える)
「その浄化財団の事務局長さんが、私になんのご用でしょう」いざとなったら、ここを突破して帰ることもできると確信しているから、我ながら落ち着いた応対が出来ている
「あ、その前に、その男の手当てをしてやっても宜しいでしょうか」相変わらず微笑みながら、奥底にどすを効かせた声で、表面は穏やかに話しかけてくる

「ああ、これは失礼。手を折ってしまって、すみませんね」前半部分は事務局長と名乗った男T堂に、後半はナイフ男(…以前、組の事務所を襲撃したときに、Gだった私と真正面から渡り合った奴だ)に声掛けする
鋭い目つきでこちらを睨みながらも、一応頭を軽く下げたナイフ男に、SUVに乗っていた若い男が駆け寄ると、それは手で制して、案外しっかりした足取りでSUVに向かう
「あ、あのぅ、私は、もう失礼して、良いんでしょうか…」この場に居ながら、蚊帳の外に置かれていた探偵屋が、おずおずと口を挟む。T堂が軽くうなづくと、男たちの中の一人が、かなり厚みのある封筒を内ポケットから出して、探偵Sに渡す
「お分かりでしょうが、この場のことは県警のご友人には、お話しになりませんよう。些少ですが、しばらくお仕事をお休み頂けるよう、金額を用意しましたので」有無を言わせない口調で、T堂が念を押し、封筒を出した男に、車で探偵屋の事務所に送るよう指示をする

「お宅さまは、こちらの車にお乗り下さい」T堂がそう言うと、私の左右に男が二人で挟むように寄り、さらにもう一人が鋭い眼差しで、こちらの動きを注視している
正直、こんな連中を蹴散らすのは簡単だが、ちょっと時代離れした“御館様”とやらに、逢ってみるのも今後の役に立ちそう、と思った私は、(意識的に)緊張感を漂わしながら、あくまで一般人らしく、ランクルらしき大型車に乗り込んだ
隣りにはT堂と名乗る男が乗り込み、その場に居た全員がさっと3台の乗り込む。驚いたことに、無関係かと見えた4台目の車にいた人物が、無線機のレシーバーに向かって「撤収します」と報告する
この組織の統率度と、報告先がさらにある訳だから、その規模が知れなくなり、こりゃただの右翼さんじゃないぞ、と気が重くなる

車は、この場から一般道を南下して、やがて湾岸高速道のインターを入り、高速道路を乗り継いで東に向かう
スピードを上げて走る車内で、私はややうつむき加減に顔を伏せ、周囲偵察でこの集団の戦力を把握しようと試みている
「ご心配なさらずとも、御館様はA様に伺ってみたいことがお有りなだけで、なにも危害も加えることなど、お考えではありませんから」T堂氏は、私を安心させようとしているのか、威嚇しようとしているのか、よく分からないが、とにかくこういう場数を数々経験しているという、空気感がある
ここは相手に組し易し、と判断させておくのが上策と踏んで、ただ無言でうなづくだけにしておいて、周囲偵察に専念する。結果、前を走る車に2名乗車、いずれも拳銃携帯。この車の運転手と助手席は拳銃携帯、T堂氏は丸腰。後ろに続く2台のうち1台は拳銃を携帯した男2名、最後尾の車は丸腰の運転手1名のみ、といったところだ

東名御殿場インターで高速を下りて、今度は北に向かう。どうやら富士山の東側に向かっているようだ
こういった展開でよくある目隠しもなければ、脅しもない。とにかく、T堂氏は話し好きではないようで、ただひたすら、ランクルの後部座席に座っているだけなので、手持ち無沙汰の私としては、超人眼で車内をくまなく観察して、座席の下のボックスに、折りたたまれた自動小銃らしきものがあるのを見つけたり、車の二人の男は防弾チョッキらしきものを身に着けているとか、隣りのT堂氏の携帯は、一風変わった形をしていることなどを確認していた
やがて、富士山の裾野の森らしき道から、大きな鉄柵の門(車が近付くと、自動で開いた)を車のまま入り、恐らく敷地内の道をしばらく走った後、土塀と大きな門のある屋敷の前に停車した
ここまで入って来る前に、小山のような(或いはトーチカのような)ものが、ひとつふたつ見え、周囲偵察で調べると、目の前の大きな屋敷の四方に、そのような陣地(というのが正しいだろう)が在り、電気を多く使う設備と要員が、それぞれに配置されているのがわかった

助手席の男に先導され、先を行くT堂氏の後に続いて、門から玄関に続く飛び石(伝石だっけ?)を踏んで歩きながら、その規模の大きさに圧倒されている、庶民の私
玄関に着くと、開け放たれた玄関座敷に着物の女性が、いわゆる三つ指をついたお辞儀をしているではないか。こんな礼儀をするような処に、行ったことがない私としてはつい、どぎまぎ状態に陥ってしまい、相手のペースに乗ってしまいそう、である
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2018年05月30日

熟年超人の日 stage3 41

言葉を交わしつつ、さっきの銃声で警備員やら、警察なんぞがやってくるんじゃないかと気になり、さーっと周囲偵察を試みる。すると、この駐車場に新たにやって来る車は無いようだが、前から停まっている車がどうも怪しい
私の周囲偵察能力は、動いている人間と電波を発する物に強く反応するようで、どうやら4台の車に、そのような反応がある。となると、このナイフ男はただの囮で、もっと厄介な連中がこの私をターゲットにしているのかも知れない(こんなストーリー、映画しか無いと思っていたが…)

このおっさん、とんでもない野郎だ、とT野は折られた左手首の痛みと、まだ感覚が戻り切っていない右手に気を取られながらも、冷静に考えを巡らせていた
ヤスコーが、二人の隠れ家に二人の男を連れて(というより連行されて)戻って来たのは、先月の25日のことだった。
てっきりサツが一緒だと思い込んだT野が、逃げようとする間もなく、素早く逃げ道を塞いだ男の一人に「御館様のお呼び出しだ」と告げられた。その言葉を聞いて、何年か前に若頭に取り立てられたときに、W木組長と行った本家のT組で、俺たちは御館様に守られてるから、なにかあったら本家を頼れ、と言われていたことを思い出した
そこで、大人しくその男の言うことを聞いて、でかい外車にヤスコーと二人乗せられて、随分走って森の中にある大きな屋敷に連れて行かれたのだ

応接間のような部屋に、T野だけ通され、品の良さそうな初老の男から、S会事務所が空を飛ぶ緑色の怪人に、壊滅させられた経緯を聞かれた
その時、そのグリーンマンと名乗った怪人が、自分たちが追っていたAという男に害をなす者は許さない、と言っていたことを告げると、初老の男はうんうんとうなづいて、壁に掛けられている大きな鏡にちらっと視線を走らせた(その視線の動きから、T野はその鏡の向こうに誰かが居て、こちらをじっと見ているのだと直感した)
その夜はその屋敷に泊められ、翌日、今度は若いきれいな女がT野達の部屋に入って来て、封筒に入った札束と携帯電話を渡しながら「御館様の連絡があるまで、都内のホテルに部屋が取ってあるので、そこで待機するように」と伝えた

ヤスコーは、その女がとてもきれいで「あれはきっと昨夜の御館様の情婦(いろ)ですよね」、などと言っていたが、T野は、昨夜の初老の男は多分御館ではなく、鏡の奥で見ていたのがそうだと思っていたが、その場は「ああ、そうかもな」とだけ返事をした
屋敷の別棟にある床屋で、二人はさっぱりさせられ、部屋に戻るとこぎれいな服も用意されていた。
それから、ここに連れてきた無口な男が、今度は別のワンボックスカーで送ってくれたのは、東京都とは名ばかりの、M市の駅前のビジネスホテルだった
「このホテルからは出るな。食事は館内のレストランで摂ること。警察がお前たちを探しているが、公開捜査はストップをかけてあるから、目立つ真似だけはしないように」と言い残して帰って行った

それから2週間ほど経った後、ついに携帯が鳴り、あの初老の男と思わしき人物から、N市に行き、探偵Sを脅して、Aと接触せよと指令があったのだ
N市に戻ったT野とヤスコーは、例のアパートに戻ると、隠しておいた拳銃とナイフを取り出して、御館の部下が用意してくれたSUVに、探偵屋を呼び出して、Aに連絡するよう脅したのだった
御館からは、間違いなくA本人を御館の屋敷に連れて来るよう、それだけを命じられていたのだが、組事務所を潰されるきっかけになり、関わりあるぼったくりバー「夜露」で暴れたAへの、T野の気持ちは収まらず、得意のナイフ技で肝を冷やしてやろうと試みたのだが、文字通りあっさり捻られてしまい、このAという男を、いつかきっと泣き言を言わせてやると、心に誓っていたのだった

そんなことを、妙に下手に出て来た目の前の男が、考えているとはつゆ知らず、むしろ私は3台の車から降りてきた6人の男たちに気を配っていた(どうやら4台目の車はただの買い物待ちの旦那のようだ)
「恐れ入ります。Aさんでいらっしゃいますね」見たところ50代と思しき男が、丁寧な口調で訊ねてきた
「そうですが、そちらは、どなたでしょう?この乱暴な方のお知り合いかな?」超人になる前だったら、こんな度胸の据わった応対は、とってもできなかっただろうが、今はへっちゃらだ。アドレナリンが出ているせいか、矢でも鉄砲でも持って来い、ってなもんだ
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2018年05月08日

熟年超人の日 stage3 40

SUVの方も気になったが、それより目の前の男の連続攻撃が、なかなか厳しい
超人速度で動いて良いのなら、今、鼻先すれすれをかすめていったナイフなど、叩き落とせるのだが、ここは普通人Aとして、これくらいの危険は捌けなければ意味がない
二度三度と顔面をかすめる刃をかわすうち、ふっと相手の狙いが理解できた。そう、理解できたのだ
身体の方が、自動的に男の攻撃に対処している間に、このところよく出て来る客観的な自分、年相応の私が、今の状況を分析し対応策を示してくるような感覚
SUVにいる奴の飛び道具は、目の前の男の攻撃が止むか、私が男を倒した瞬間に発射されるだろう(当たるか当らないかはともかく)
逆に言えば、目の前の男の動きを封じて、体をぴたりと寄せてしまえば撃てない、ということだ

では、そのように、と決めたそのとき、男の左の手が動くのが見えた。しかも手品のようにその手の中から光る物が飛び出している
先ほどから激しく動かしているナイフは、大ぶりな片刃のやつで、軍隊で持つものに似た形(そこまで大きくはないが)をしているが、こんど出て来たやつは両刃の小さいやつで、昔飛出しナイフと言ってたやつだ
それがストレートに私の腹を目指して繰り出されているのだ
普通人でも習練すると、これほどのスピードが出るのか!と驚きつつも、そこは超人なので、それ以上の早さでその手首に手刀を見舞う
うっ、と声が出たが、続いて右手のナイフで、薙ぎ払うような一閃が私の首筋を襲ってきたが、大きなモーションなので、今度はその手にこちらの左手をからませるようにして、男の動きを封じてしまう

先ほど手刀を見舞った左手首は骨折したのか、だらりとなっていて、掌の中にあった小さなナイフは駐車場の床に落ちている。そして、形勢が有利に展開していると見て、今まで傍観していた小柄な男が、そのナイフを取り上げようとして、動き出す
「危ない!動くな!」私が叫ぶとほぼ同時に、SUVの運転席のドアが開いて、人影が飛び出したかと思うと、バンと銃声が響いた
私はナイフ男を押さえ込んでいるので、その弾がどこに行ったのかは確認できなかったが、どうやら小柄な男(多分探偵業のS)に当たってはいないようだ
「やめろ、やめろー!、ヤスコーやめろ」抑え込まれている格好のまま、ナイフ男がSUVに向かって大声で制止する
相変わらず眩しいヘッドライトの光の中に、背の高い男が両手で拳銃を構えた状態で現れ、じわじわこちらに向かって来る

「お、おっさん。いや、先生。先生、手を、手を放してくださいよ」かなりな超人力で抑え込んでいるナイフ男が、いやに下手に出た物言いで私に話しかけてくる
「なんだ、ナイフを振り回しておいてから俺に話か?」こういう輩は、相手が強いと見れば下手に出て、あわよくば隙をついて反撃してくることぐらい、アクションものも好きな私は先刻ご承知。とにかく油断はせず、上から目線で対応する
「い、いやぁすみません。先生がどんなお方か、そこも調べて来いと、さるお方に言われておりますもんで、いやホント、失礼いたしました」どうやら本気で謝っているようなので、締め付けている手を少々緩めてやる
ただ、SUVの男がまだ拳銃を構えているので、なにか動きがあれば、このナイフ男をぶつけてやろうかと思っている
「お、おい。チャカを下ろしてこっちに来い。先生にご挨拶せんか」私の情況を読んで、手下らしいSUVの男に命じ、SUVの男は素直に拳銃を下ろすと、少し不服そうな面持ちで、傍までやって来る

「どうも、ありがとうございます」ちょっと意識外だった電話の男、探偵屋のSが私のすぐ傍まで近付いていて(これは今後の反省事項だ。被害者を装った敵だったら不意を突かれるところだった)礼の言葉をかけてきた
とにかく場が落ち着いたようなので、もう少しナイフ男への締め付けを緩めてやると、手からナイフがガチャンと落ちる
「一体、なんのまねだったんだ、これは」声の調子は、あくまで強いままで、そう尋ねてから、今度はすっかり手を離してやる。
「どうも申し訳ございません。今回の所業は、私らのずっと上のお方の命があったのを、私なりに先生を試させて頂いたような次第でして」痺れた右手を軽く振りながらも、折れてしまった左手はだらりとさせたまま、ナイフ男が歯を食いしばるようにして話を続ける
「申し遅れました。私、T組直系S会若頭のT野信治と申します。実は、先刻私らの事務所にカチコミをかけられたお方が、先生のご命令で私らを懲らしめに参られたとおっしゃられたことを、上の上のお方にお話ししたところ、ぜひお会いしたいと…。それでこの探偵屋に、渡りをつけてもらった、という訳でして」

なんと、この(や)の上の上の人物が、私に用があるって訳か。そうか、ああいう事務所をああすると、こういう風になるのか。そうだよな、ああいう稼業の人たちは、なめられちゃあいけないらしいもんな
一般人として存在するってことは、いろんな世間と関係を持っていることなんだなぁ
「それで、その上のお方がどうしたいって話しなんだ」…ここは強気強気!
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2018年05月06日

熟年超人の日 stage3 39

N駅から、指定場所の大型ショッピングセンター・イオスみなと店まで、どこで誰が見張っていてもいいように、JRと電車を乗り継いで移動することにする。(折角超人なのに…T電から入金があったら車を買おう)
臨海鉄道のA駅に着いたのは、約束の8時の20分前だった。駅から徒歩で1〜2分で、イオスの入口に到達。Sとの待ち合わせ場所の4階の屋上駐車場までエスカレーターで上ると、連休明けではあっても、暗い駐車場には、20台くらいの車が散在している
もちろん、すぐ駐車場内には入らず、館内側から場内を中心に周囲偵察をすると、案の定何台かの車に反応がある
これはと思う車を透視して見ると、どうも伏兵という感じではなく、シートをリクライニングして休んでいたり、スマホを操作している風である
どうやら、お買物中の家族を待っている、といったところか。いずれにせよ、そんなに大規模な待ち伏せなどは無さそうだ

まあ、なにがあってもなんとかなるだろうと、影スーツが変身した黒ぶちメガネをして、駐車場内に足を踏み入れる
と、前方に停まっているSUVのヘッドライトが点いて、誰かが降りてこちらにやって来る
HIDランプとか言う、白くてとても明るいライトが、こちらを真直ぐ照らしているので、普通の人間だったら、眩しくて相手の姿を見ることは出来ないだろう。が、おあいにく、こちらは超人さまなので、私よりも小柄な男と、それよりずっと背の高い男(超人眼で拡大してみると、どうも見覚えのある男だ)の二人が、こちらに向かってゆっくり歩いて来る
「Sさん、ですかね?」一応、一般人らしい反応を見せるため、少し間抜けな声音で声をかける
「はい、どうも、Sです。そちらに行きますから」って、こちらに来るのは分かっているが、その応答に若干んの震えが混じっているのが分かる

「お一人ですか?どなたか、ご一緒ですか?」敢えてとぼけた呼びかけをする(むろん、Sの後ろにぴったり付いている人物に、少しでも油断してもらいたいが故だが)
「Aさんも、お一人ですか?」語尾がかすれがちだが、一応、警察でも連れて来てはいないかの確認のようだ
「はい、一人ですよ」(ですから安心して下さい、と言い足しそうになって、危うく止める)そして、いかにもそちらが眩しくて見えないという風に、小手をかざしてみたりしてみる
そんなやりとりをしている間にも、歩を進めているあちらと、経ったままのこちらとの距離は、当然縮まっていく
「実は…」と、Sがすぐそばまで来て、話しかけてきた直後に、その後ろから男が飛び出して来た
手に持っているやばいモノが、きらっと光る

普通の人間にしては、相当素早い動きで、もし不意を突かれていたら、今の私でもびっくりしてしまって、彼の手のナイフで、一太刀浴びせられていたかも知れないが、残念ながら分かっていた私は、武術の心得のある者らしく、その手首を摘んでぐいっと上に捻り上げる
が、この男は場数を踏んでいるらしく、おまけに身長167pの私より背が高いので、捻り上げられた手に執着しないで、先の尖った革靴で、私の脛を蹴ろうとする
そんなもの当っても、別にどうってことはないのだが、あくまで一般人のやや強い程度でいく積りなので、その蹴りを危うく、といった感じでかわしてあげる
当然、手の力が緩んで、相手は再びナイフを構えることができた

さっと周りを確かめると、場内で停まっている車の中の人間は、まだ誰も変わった動きをしていない
Sと思しき人物は、後ろの男が前に出る際に突き飛ばされた形で、転んだままこの刃傷沙汰に巻き込まれまいと、身を固くしている
ちょっと厄介そうなのは、相変わらずヘッドライトでこちらを照らしているSUVの中の人間で、闘争中でやや精度が落ちている周囲偵察の感知内に、拳銃のような飛び道具の反応がある
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2018年04月26日

熟年超人の日 stage3 38

H本部長とのやりとりを終え、携帯をリビングテーブルの上に放り出したまま、冷蔵庫の飲み物を取りに行く自分の動作の軽やかさに、本当に動きが若々しくなったものだと、一人で悦に入っていると、卓上の携帯がブーンと振動を始めた
二つ折りの画面をパチンと開くと、発信者は不明で携帯番号のみが表示されている。誰からだろう
「はい」とだけ、返事をすると
「もしもし、Aさんですか。探偵のSですが」探偵のS?…探偵のSって、誰だ?ふと、以前K刑事がその名を口にしていたことが甦る。確か、テレビリポーターのD氏と探偵屋にも、Gのことを話してあるんだ、と言っていた。きっとその流れの中で、私の携帯番号も教えていたんだろう

「ええ、Aですが」と、一応警戒して短く返事をする
「実はですね、K刑事さんから例のS会についての捜査資料を、お宅さんに渡しておいて欲しいと頼まれてましてね。どうです、これからN市でお会いしてお渡しするっていうのは?」ぶっつぶした相手の捜査資料なんて、見て意味があるのか、と思ったが、あのK刑事が見せたいと言うのなら、なにかあるのだろう
「わかりました。で、Kさんも来られるんですか」
「いや、それが大事な捜査会議があるって言うんで、私が頼まれた訳でして…」
「そうですか。で、どこへ行けばいいんでしょうか?」落ち合い先の名と場所を聞いて、相手が通話を切るのを確認して携帯をパチンと閉じる

「こ、これで良ろしかったでしょうか?」会話を終えると同時に、元S会若頭のTにスマホを取り上げられて、探偵Sは自分の声が震えているのに改めて気づく
「よし。それじゃあ、待ち合わせ場所に移動するとするか。ヤスコー、車を取って来い」Sの喉元にアーミーナイフをぴたっと当てていたヤスコーことI瀬は、へい、と頷くとSの事務所のドアを開け、このビルの近くのコインパーキングに置いた車を取りに出て行く
「それでは、私は…」その後を追って出て行こうとするSの襟首を掴むと、Tが「だめだ」と言い放つ
「お前がサツとつるんでるのは先刻承知だ。本来ならこの場で殺っちまってもいいんだが、生かしておけば役に立つこともあるかも知れん。…だろ?」そう言っておいて、襟首を掴んだ手にぎゅっと力を込めてから、Sの体を突き飛ばす

耳の中にSの緊張している声音が残っている。なにか、緊迫した状態で私に電話して来たに違いない。パソコンを起動して、さっき彼が言っていた待ち合わせ場所を検索する
どうやら港区の、総合ショッピングセンターの中らしい。N駅から臨海高速鉄度に乗れば行けるらしい。
いずれにせよ、N駅で逢えばいいものを、わざわざN市のはずれの場所を指定するとは、ね。危なそうな臭いがぷんぷんだなぁ

わくわくを感じて、高揚している自分がいる(さぁて、どっちのスーツを用意して行こうかな)
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2018年04月18日

熟年超人の日 stage3 37

結局、会社の登記はゴールデンウィーク明けになってしまった
午前中に法務局に行って、全手続が完了。迷った末、会社名は平凡に、株式会社緑化計画とした。銀行口座の開設も成ったので、昼休み時間を見計らい、久しぶりにT電のH本部長の携帯に連絡を取る
「あ、どうも、Aです。ご無沙汰してます」なるべくへりくだらないよう、営業口調を抑えて、なるべく対等の立場で喋ろうとすると、どうもぎこちなくなってしまう
「はい、Hです。ご無沙汰しております。当方からのご連絡が滞って、申し訳ございません」なにかあったのだろうか、かなり下手に出ているような気がする
「お待たせしました。本部長さんのアドバイス通り、会社を立ち上げましたので、そのご案内と思いまして…」
「あ、そうですね、…そうですか」どうも歯切れがよくないな

「で、本部長さんのおっしゃるように、会社名義の口座を開きましたので、そのご案内はどのようにすれば良いのかと…」つられて、こちらももやっとした言い方になってしまう
「実は、社内調整はほぼ完了仕掛けたのですが、政府筋からご指示がございまして。要するに、この件の進展については、少し待て、ということでございまして…」えーっ、そんな横やりが入っているのか
「ということは、Gの手は借りない、ということなんでしょうか?」少しむっとした声音で返答する
「い、いや、そういうことではございません。今回お願いしている、廃炉撤去にグリーンマン様のお力をお貸し頂くことについては、基本、政府も反対という訳でもないのですが、国際的にも注目されている事象でありまして、その辺りの誤解のないアナウンス方法の整合というか、国家的な方針を検討中ということでして…」
なるほど、日本だけの問題ではないということか、と腑には落ちたが、それではこちらが困る

「そうですか。で、Gへの依頼はいつまで延ばせば良いんでしょう」先方が企画内容を検討したい、と言っているときは、期限を切って、回答を促すのが企画屋稼業の鉄則だ
「い、いや、どうでしょう、どれくらいまでお時間を頂けるのでしょうか。お教え頂ければ、それをあちらに回答して、本件の進展を促したい、とも思うのですが」
「そうですねぇ、ご承知のようにGは宇宙で仕事をされているようなので、時間感覚そのものが我々とは違うと思われるのですが、前回のテレパシー連絡のときには、放射能の拡散についての危惧を晴らすのに、集団思考型のこの星の人類は、意見調整にある程度時間を費やするだろう、と言われていました。実は、仲立ちをさせて頂いている私の方にも、国の方からいろいろ接触がありまして…」だから、家族を守るためにも、お金が必要なんです、と言いたいところを、ぐっと堪える

「そうですか、そうでしょうねぇ。すみません、こちらがお願いしなければいけないのに、Aさんにご無理をお願いしてしまって。開設された銀行口座は、私のスマホにメールでお送りください。メールアドレスを申し上げますので、メモのご用意を願います」心配するまでもなく、相手の方から触れにくい話をしてくれた
わかりましたと言って、手元にメモ用紙を置き、H本部長の言うメールアドレスを控え、早速そのアドレスに、開設した会社名義の普通預金の口座番号を送信すると、折り返しメールが届く
<待機頂く間の、着手金をお振込みしたいので、金額をお教えください>とある
ちょっと躊躇したが、思い切って《1億円でお願いします》と送る
すぐに返信が着信して<会社承認がまだ取れておりませんので、後日ご連絡を差し上げます H>ときた
それはそうだろうと納得したので《了解しました。お早目にご連絡を》と送信して、交渉を終える

しかし、折角超人になったのに、これではなかなか次に進めない。ジュブブの心配も、案外こんな処にあったのかも知れないと、少々気分が落ち込む
なんだか、超人能力を思いっ切り発揮して、すかっとしたいなぁ、と心の底からなにかが頭をもたげてくるのを、今までの自分が、だめ出しをする。
ゴールデンウィークの間は、Y市の息子のマンションに行って、妻や孫や息子夫婦と楽しい時間を過ごせたが、その際も、今取り掛かっている仕事が、近々うまくいきそうだ、などと楽観的な話を開陳していたので、ますます気が重い

T電事業本部長のHは、Aから送られてきたメールの金額をもう一度眺め、ため息をついた
仲介者のAが要求してきた手付金の金額には驚かなかったが、社内の慎重派、反対派の連中が、金の話となると、どうN見山社長に訴えてくるか、想像がつくのだ
漫画や映画のスーパーマンなら、無償の行動なのだろう。しかし、こちらの希望の通りに作業して(…そう、作業なのだ )もらうとなれば、ちゃんとした契約を交わす必要がある。
その契約の仲立ちが一般人なら、対価を要求してきても当然だろう。すでに、あの施設の破壊状況を把握し、放射能汚染の拡大を防ぐため、何千億が費やされ、これから先、何兆円掛かるのかも知れない廃炉作業の、核心部分が、一気に片付くかも知れないことを思えば、安い金額ではないか。
彼がこの先請求して来るはずの成功報酬も、せいぜい十億円といったところだろう(いずれそこも詰めないといけないが)
意を決すると、デスクの社長直通の社内電話を取り上げる
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2018年04月11日

熟年超人の日 stage3 36

『こんな場所でのお話しをするのも何ですから、まずは用意してあるお部屋までご案内いたします』K田が、取り繕うように手振りでエレベーターホールの方を指し示す。
上司のT脇も、にっこり微笑んで会釈すると、エレベーターに向かいながら、受付の女性に受け付けはいいから、と合図する。T脇から、今回の来客について指示を受けている受付嬢は、軽くうなづいて内線電話で北米一課長席に連絡を入れる。それを横目で確認しておいて、先にエレベーター内に入って皆の乗り込むのを待っているK田に目くばせする
エレベーターが上昇する間、四人の無言の男達を鉛のような緊張が包む

『ようこそ、お目にかかれて嬉しく思います』お定まりの歓迎の言葉で、課長のG野が握手の手を差し伸べる
『ご機嫌いかがですか、G野さん』面識のあるジョナサンが握手を交わしながら、傍らのデスモンドをうながしてG野に引き合わす
『ご機嫌よろしゅう、G野課長さん。私はデスモンド・ブライト、A国原子力規制委員会から御国にお伺いしました』人懐こい笑みを浮かべながら、握手を交わすメガネの奥の目も細まっていて、いかにも友好的な人物に見える
『そのように伺っておりますが、今回のご訪問の目的は、やはりあの件のご調査なのでしょうか?』核心の間近に楔が打ち込まれる

『いきなり、ですか。そう、その通りです。漏れ承るところによれば、あちらの廃炉処理は、御国の技術ではない手法をご検討中だとか』横からジョナサンが口を出す
『大変斬新な方法を取られる可能性がある、ということで当委員会でも関心が高まっておりまして』デスモンドが補足する
『いやそれが、詳しいことはまだ当事者のT電力も審議中でして、当省としては経産省から正式な報告が入らなければ、なにもお伝えすることが無いのですよ。本当に困ったものです』G野は両手を広げて、オーバーに困っていることを表現する

『…でしょうな。私どもでもよくある話で、なんでもかんでも外交畑に問題が投げ込まれて、その上でうまく処理しておけ、と指示があるのですから、困ったものです。…ということで、A国大使館としては、こちらのデスモンド氏が現地で心置きなく現状調査ができるよう、御省のサポートをお願いしに同行した次第です』
よく分かりました、現地での調査が滞りなくできるよう取り計らうので、しばしお待ち下さいとG野は返答して、現地での付添役としてK田を改めて紹介して、その日の会合を終えた
A国人が帰ると、G野は内閣官房に今回の経緯を報告した後、北米局長に報告するためT脇とK田と共に部屋を出た
*
*

[ 22日(金)の5:45pm 千代田区永田町内閣官房 ]
「外務省から報告があった。彼らはF原発に行きたいそうだ。表向きはNRCが、現地を確認したいそうだが、実質A国中央情報局の調査で、多分日本がGをどう扱う積りか、判断するための材料集めだろう。まあ、こちらとしては、痛くもない腹の中を見せるんだから、ご自由にと言ったところだが、どうも官邸の中では、この機会にGの協力を得られるんじゃないか、って言う楽観論も出ているらしい」官房副長官のW田が官房副長官補のT野木に話しかけている
「官房長官は、なんとおっしゃっているんですか」特に抑える風でもなく、普通の声音でT野木が問いかける
「K渡さんは、日本に他意がないことを示すように、かの仲介人氏のことまで、全部ぶちまけて、あの国が安心できるようにするべきだと総理に進言しているらしいが、どうも防衛大臣あたりがね…」
「そういう訳ですか。総理ご自身もお困りになっているんですね」
「そうなんだ。困ったもんだよ、廃炉を手伝ってもらえるのかどうかも、本当のところは不透明なのに、その先まで考える連中がいるなんてなぁ」ため息交じりにぼやくW田を、見ているT野木の心に不安が芽生えている
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2018年04月03日

熟年超人の日 stage3 35

K刑事は、やってられんなーと小さく呟いて
「警視殿、いずれマスコミがこの件を報じるのは時間の問題でしょう。警察組織末端の自分と、マスコミの代表格のテレビリポーターがつるむことで、お偉いさん方の会議じゃ出ないような話や、世間の反応ってやつが、手に入るんじゃないんでしょうか」
「なるほど。その考えがあっての行動だったら、意味があるな。それ、進めて下さい」D田の応答に、Kはほっと表情を緩める
「で、公安の方はA氏の警護から下りるんですか?」
「A国が出張って来たら、僕ら表立っては動けないんだよ。だから、A県警にお願いしたいところなんだが、いろいろあってね」キャリアの警視が腹を割って話す(ように思える)ので、Kも心の防御壁を少し下げ
「本庁さんは大変ですねぇ、あちこち気を遣わないといけないみたいで」なんとなく追従じみてるな、と思いながら、素直に協力する気になっている

「では、頼みます。Aがグリーンマンのことで、なにか話したら、速やかに報告して下さい」隠しても隠し切れていない、階級差を感じさせる物言いに、Kの頭の中に警戒ブザーが鳴り始める
「あ、すみません。ウチの上司の方には、今回の経緯については、通しておいてくださるん、ですよね」
「そちらの本部長には、公安参事官のO原の方からネゴしてもらう手筈になってますから」さらりと答えるD田は、にっこり微笑んで見せると、じゃ、と言ってKの返事を待たずに、部屋から出て行ってしまう
この件にどっぷり浸かってしまったことが、今後の昇進にどう影響するんだろうか、とそのままの姿勢で考えを巡らせていたが、やがて生まれてくる子供と、Y江のことを想い、俺はもっと骨太にならなきゃいかん、と呟くと両掌で自らの頬を二、三度ぴしゃぴしゃ叩いて、部屋を出て捜査四課二係に戻って行く
*
*

[ 22日(金)の2:15pm 千代田区霞が関 ]
外務省北米局北米一課企画官のT脇と課員のK田が、緊張した面持ちで本館1階フロアに立っている。連絡のあったA国大使館員のジョナサンが連れて来るはずの、NRC(原子力規制委員会)の主任調査官だという男を出迎えるためであった
「企画官、遅いですね、彼ら。大使館からここまで、車で5分くらいで来られますよね」K田が気の乗らなそうな顔をして、T脇に話しかける
「ふん、どうせ、幾ら待たせてもいいと思ってんだろ、ジャパニーズモファ(MOFA=Ministry of Foreign Affairs)なんて、連中からすれば、ただの連絡係にすぎんのだからなぁ」

そのとき、正面玄関の車寄せに黒塗りのリンカーンコンチネンタルが入って来た
「やれやれ、やっとおいでになりましたね」顔を見合わせると、満面の笑みで館内に足を踏み入れた二人のA国人を出迎える
『すみません、遅くなりまして。本国から訂正連絡がありましたので、その確認に手間取っておりました』
『訂正、連絡、ですか。それはまた…』K田が、相手におもねるような態度で、滑らかな英語で応答する
『ところで、ジョナサン書記官、こちらのお方がNRCの調査官の…』T脇が単刀直入に、関心事に焦点を合わせる
『おお、これは失礼した。こちらは、主任調査官のミスター ブライトです』
「はじめまして、わたしはデスモンド・ブライトと、もうします」日本風に軽く頭を下げながら、流ちょうな日本語で挨拶する。メガネの奥の瞳は緑色、身長は170pくらいだろうか、痩せ型で日本の外交官の二人と比べても小柄に見える

インテリジェンスを感じさせるこの男は、肩書通り原子力畑の調査官にも見えるが、このタイミングの来訪は、間違いなくA国中央情報部からやってきたエージェントだろうと、T脇は値踏みした
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2018年03月19日

熟年超人の日 stage3 34

『今まで連絡入れられず、ごめん。もうじき、T電さんとの話がまとまる予定です。まとまったら、まとまったお金が(笑)入る予定なので、目鼻が付いたら、どこかに一泊してお祝いしよう(^O^)/』
どこまで本気にしていい話なんだか、と思ったが『それはどうもありがとうハート』と返信した後、今夜は電話して声を聞いてみようかな、とM代はもう微笑み気分になっている

司法書士の事務所に電話する前に、長らく連絡していなかった妻宛てにメールを送信したので、折り返しの電話があるかと少し待ってから、9時半になったのを確認してT田事務所に電話する
草案についてはOKしておいたので、すぐにでも登記できるのかと思っていたのだが、社印、代表印、ゴム印など早く作るといいですよ、と言われる。思っていたより面倒だが、仕方ない。会社が無ければ銀行口座も作れないのだ
超人なんだから、そんなめんどうなことはしてないで、やりたいようにやればいいのだが、家族のことを考えると、そうも言えない。そこが焦れったくて、壁でも殴りたい衝動にかられる
そんな自分に気付いた私は、そんなことしたらアパートが壊れちまうぞ、と自分にブレーキをかける。なんだか、どんどん若かった頃に戻っていくようで、嬉しさ四分戸惑い六分と言ったところだ
*
*

[N市東区の木造2階建てワンルームマンション204号室]
小さく3回2回2回のノックが聞こえる
腕立て伏せをしていたTは、素早く起き上がるとドアスコープで確認した上で、ヤスコーを素早く部屋に入れ、自分の椅子の前にもう一脚椅子を用意する
ヤスコーと呼ばれているチンピラのI瀬は、コンビニのビニール袋をTに手渡すと、そのまま直立している
「外はどうだ。ん、新聞買って来たか、よし」ぼそっと、言うとTは、袋の中から新聞を取り出して広げて3面から読み始める。部屋にはテレビもあるのだが、この部屋に逃げ込んだときから、自分が警察病院から逃走したことも、組事務所が壊滅したことも、どの局も報じてはいなかった
今、紙面を隅から隅まで探しても、どこにも載っていないことを確認して、Tの心中の疑念が怒りに変わった

「俺らがあれだけやられてるのに、世間の奴らは完全無視か。こうなったら、なにがなんでもあいつは許さんでぇ」うなるようなTの独白に、ヤスコーことI瀬は黙ってうなづく
「ヤスコー、お前、あいつって誰の事だか分かってるんか?」
「あの化け物を送り込んできた、Aって奴で」とばっちりが飛んできそうなTの剣幕に、ヤスコーは慌てて答える
「そうかよしよし、お前意外と頭が回るんだなぁ。そうだ、その通りだ。化け物相手じゃ戦争にならん。弱みを突くんじゃ、弱いところを狙うんじゃ」その言葉は、ヤスコーに言っているというより、自分に言い聞かせているようだ。聞かされているヤスコーは、怒っているTに緊張して、物も言えずに直立したまま、前だけを見つめている

同じ頃、公安のD田警視は、N市の県警本部の一室で、捜査四課のK巡査部長に会っていた
「それで、あの男に逢ったとき、マスコミ関係者が同席していたと言うんですね。君はそれが、どう言う意味なのか、分かっているのですか」
「分かってますよ。でも、あいつのふところに入れ、って言ってたの、警視どのじゃないですか」
「それはその通りだが、部外者、ましてマスコミ関係者にこの件を教えるなんて…」落ち着こうとしてか、ポケットからフリスクの容器を取り出すと、何粒か掌に受けて、一気に口中に放り込む
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2018年03月15日

熟年超人の日 stage3 33

「防衛大臣が興味を持たれているということは、あちらのお国の偉い方も、別のお国の偉い方も、みんな気にされるようなことなんでしょうね。だったら、一番先に、その興味の対象になっているお方にお会いになられることが、大事なのでは、と思います」そこまで喋ると、少しだけ首をかしげて、老人の目を真直ぐに見る(その仕草を老人が好むことを知っているし、N絵がそれを分かってやっていることさえ、老人が好ましく思っていることを承知している)
「そうだな、M崎が言っていた仲介役のAという男に、一度会っておくとしょう」そう言った後は、もうN絵を相手にせず、黙々とテーブルの料理を口に運んでいく
*
*

孫のT哉がやっと寝始めたのを見て、M代は嫁のK子と顔を見合わせて微笑んだ
「T彦も生まれ立ての頃はよく泣いたわね。あの頃はまだ布のオムツで、亡くなった私の母が一杯縫って、持って来てくれたのを毎日せっせと替えて、せっせと洗ってせっせと干したものよ」
「その後くらいなんですね、紙オムツが出来たの」如才なく話を合わせるK子
「そうそう、ムーニーよね。下のM実のときは、あれで助かったわ。主人も、上の子のときはオムツの替えくらいは手伝ってくれてたけど、下の娘が生まれたときには、最初の会社を辞めて印刷会社に移った頃だったんで、毎晩遅かったから大変だったのよ」喋っていると、これまでのことがふわ〜っと甦る

夫のAとは、同じ旅行会社の同期入社ではあったが、高卒で接客カウンター配属のM代と、4才年上で団体係のAとは大した関わりもなかったが、入社して4年ほど経った春、伊豆方面に出ていたAの乗った貸切バスが、季節外れの大雪で立ち往生したとき、留守家族への対応が的確だったと、Aがお礼にM代を夕食に誘ったことから、結婚にゴールインしたのだった
その後、二人の子供にも恵まれたのだが、少々空想家のAは10年前後で職場を変え、新しいことにチャレンジしたくなる性癖があり、それが高じて40才になった頃、十年勤めていた印刷会社を退職し、旅行紹介型のタウン誌を発刊し、8年頑張った後、結局大赤字の会社をたたみ、自宅まで手放すはめになった
ちょうど大学2年の長男と、大学受験中の娘を抱え、M代が人生最大に奮闘する5年間が始まった

幸い、夫のAも会社をたたむ頃、それまで付き合いのあった広告代理店SAプランニングの、M田井社長にウチに来ないか、と誘われていたので、一家の表情はさほど暗くはならなかったが、後になって、このときの苦労が、M代の健康を蝕むことになるのだが…
幸い国立大学を出たT彦は、一流企業に就職し、親の助けも借りずに、良い家のお嬢さんと結婚して、自分たちで買ったY市のマンションに、親の同居を勧めてくれた
夫のAは、世話になったSAプランニングには、定年まで勤めたいからと、Y市から離れたK市の安アパートに単身で留まることを選んでいた。それでも定年が間近になってからは、子供が生まれれば大変になる息子夫婦の家を出て、今度は夫婦二人だけで暮らしましょう、と年が明けてからは、そんな話をしていたのに、今度は超人になって、一旗揚げるみたいなことを言っている

夫の空想好きは、よく分かっていたけれど、そんなところが好きで結婚したんだからしょうがないわ、とあきらめていたM代だったが、日曜日にY市に戻ってから、夫からはまだ一度も連絡がない。なんでも大手企業さんと話をするんだ、と言っていたが…
それにしても、原発がらみのお仕事って、危なくないのか、そこが不安のタネだった
大体、タウン誌を始めたときにも、わたしには相談なかったし(相談があれば反対したと思うけど)、今度もなにかあったら、すぐ連絡してくれなんて、物騒なこと言っていたし
そこまで、考えているとタイミングよく、夫からのメールの着信音が聞こえた
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2018年03月02日

熟年超人の日 stage3 32

本を読み進めて、気付いた。この内容は知っている。奥付けを確かめると、4年前の出版だ
なぜ、N絵がこの本を書斎のデスクに置いたのか、そこに興味が湧いて、更に読み進める
英国の経済紙らしく、近未来を多岐に渡って予測した体裁の編集だが、その起源を19世紀半ばの大英帝国をバックボーンに生まれた経済紙らしく、アジアの脅威、アフリカへの危惧を滲ませつつ、最終的には人類の未来を、リベラルで序列に捉われない欧米の科学開発が救うだろう、という楽観論を展開している

その内容の中核を成す、インタネットによるグローバリゼーションという“まやかし”と、高齢化による国民力の低下現象については、なかなか侮れないものと理解していたが、基本、一種国民が住む、適切な広さと自然環境を持つ日本こそ、人類未来の希望の砦であるとの確信は、微塵も揺るぐことはなかった
そのようなことは、賢いN絵ならばとうに理解しているものと思っていたので、その真意を改めて測ってみようと考え、尋ね方について思考を巡らすことで、今日の退屈から逃れられそうだな、と微笑みが浮かぶ

N絵は、父の経営する会社の倒産に端を発する家族崩壊によって、T大法学部第三類の卒業間近での中退を覚悟したが、卒論テーマに選んだ“日本を動かす力”の取材過程で知己を得た、老人の執事T堂の紹介から、この屋敷に勤める道を選んでいた
静謐が支配するこの屋敷においては、無駄な会話など生まれる余地も無く、この屋敷に住まう五人の関係性は必要なだけの同居感と、世俗を超越しながら、政治の裏舞台で能を舞うがごとき老人の生き様に、感化された者同士の連帯感に満たされているものであった
ごくたまに、月に一度か二度ほど、老人がN絵を抱きしめることもあったが、それは若い男のそれとは違い、まことに静かに、抱きついているだけのものであり、身長170pのN絵に、160pを少々超えるだけの老人が寄りそう様は、母子の抱き合う姿にも似ている
己が相貌が、老人が15才の春、別れた切りの母に瓜二つだということを、N絵は知らなかった

老人の屋敷を、取り囲むように配置されている小山に模した砦の警護隊は、隊長、副長と8名の隊員で構成されており、東を青龍荘・南を朱雀楼・西は白虎舎・北が玄武館と称している
各砦の10名は、2名ずつが週に1日の休暇を与えられ、各棟毎の週2日の全員待機日もシフトすることによって、手薄になる特定日が発生しないよう、また、1日の勤務も時間をずらすことにより、24時間の警備態勢を取っていた
これほどまでの警護体制を取っているのは、それだけ老人に敵が多いことの証左でもあるし、いかに老人が過酷な成り上がり人生を歩んで来たのかが、物語られているようだった

読書の後の応接を終え、一人食事を摂る老人に話しかける隙を見つけたN絵が可愛く問うた
「あのお客さまは、お食事のご相伴がしたかったようなのに、お返しになったんですね」
「あの男は、自分の考えもまとめられないのだ。私が動くのを見極めてから、自分の進む道を決めれば良いと、高を括っているのだ。超人がこの国に現れたことの本来の意味を、分かっておらんのだ」そこまで、一気に喋ると、急に口をつぐみ、N絵の話すのを待つ
「防衛大臣には、御国を守る役割があるので、枠外の力には慎重になってしまうのではないですか」
「ふふん、そこまで考えての上ならいいがなぁ。お前だったら、どうする?」防衛大臣のM崎が、例の超人がイチエフに現れた際の、偵察隊の分析評価と、録画データを持参して老人に報告している時、老人の後ろで一部始終聞いているN絵は、その明晰な頭脳と直感的分析力により、老人の知恵袋として、来客にも執事のT堂にも一目置かれる存在だった
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2018年02月24日

熟年超人の日 stage3 31

老人の朝は早く、四季を通して朝5時に起床し、冬季は12畳ほどの鍛錬の間で、それ以外の季節は中庭に出て、旧日本陸軍の兵式体操の後、木刀素振り100回を2回繰り返してから、朝餉の間に移動して質素な朝食を摂る。その後、書斎に移動して秘書のN絵が用意してくれる話題本を読書、9時から11時までを来客との応対時間とし、11時30分には食堂で、気に入りの料理人の作る栄養バランスに優れた昼食をたっぷり摂る

今朝も同じように朝が訪れる。4月下旬ともなると、そろそろ日の出の時刻だが、あいにく陽が上る方向に1300mほどの山があるので、日の光はまだ届いていない。それでも、辺りは大分明るくなっていて、小鳥たちのさえずりが賑やかだ
むくっと、起き上がると、傍に控えていた秘書のN絵が用意している下着を差し出す、続いて作務衣を用意して待つ間に、老人は寝間着と着ていた下着を脱ぎ捨て、真新しい下着を身に着け、作務衣をN絵が着せてくれるがままに立っている

作務衣姿になると、内庭に降り兵式体操をし終え、見ていたN絵が木刀を手渡す。枯れてはいても、鋭さを秘めた気合を一振りごとに込めながら、100回の素振りをし終える。軽く汗ばんだ額をN絵がタオルで軽く拭き、富士の湧水を入れたコップを老人に渡す
その水を飲み干すと、再び木刀を振り百を数えて、木刀をN絵に渡すと、さっさと部屋に上がり、隣りの朝餉の間に移動すると、執事のT堂がぴたりのタイミングでよそってくれる、朝粥の入った飯茶碗に手を伸ばす
その間、老人も屋敷の者も、誰一人口を利かず、朝の静寂を彩っているのは小鳥の声のみ

朝粥を咀嚼しながら老人は、重ねた時の向こうに在りながら、このところ身近に感じている、過去の時間に身を浸した
粥も食べられなかった子供の頃、怖くて無口な父親を恐れずに済むよう、陸軍の少年飛行兵に応募し、貧しい故郷を出た日、大刀洗飛行学校で訓練に励んだ日、志望した特攻隊が終戦という言葉で消え去った日
その後の激動の日々と、運と度胸と身のこなしでのし上がっていった日々は、さほど脳裏に浮かんで来ず、唯一の青春時代とも言える飛行学校の記憶が、美しい思い出になっていた
敗戦後の日本で味わった激動の人生は、今こうして静寂の日々に洗い流され、ただ終戦のラジオ放送で終止符を打たれたこの国への愛が、憎しみに似た心情に変わり、その後の人生を切り開く原動力になったことが、老人の心の奥底に、澱となって沈んでいる

「で?」朝食を終えた老人が、ぽつりと尋ねる
「10時30分に、防衛大臣がおみえになります」T堂が簡潔に応える
「M崎だな。例の話に進展があったとみえる。第二応接に通せ」はっ、と頭を下げて、T堂がN絵に頷く。N絵は、老人とT堂に会釈をして部屋を出て行く
「私は書斎に居る」そう言い残して、老人も部屋を出て行く。残ったT堂は、老人の使った食器を片づけ始める

書斎の読書机に用意されていたのは、英国のエコノミスト誌編集の『2050年の世界』という本だった
一体、なにをこの私に読ませたいのかと、そのことに興味を持った老人は、斜め読みの速読で、その本を読み始めた
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