2018年04月26日

熟年超人の日 stage3 38

H本部長とのやりとりを終え、携帯をリビングテーブルの上に放り出したまま、冷蔵庫の飲み物を取りに行く自分の動作の軽やかさに、本当に動きが若々しくなったものだと、一人で悦に入っていると、卓上の携帯がブーンと振動を始めた
二つ折りの画面をパチンと開くと、発信者は不明で携帯番号のみが表示されている。誰からだろう
「はい」とだけ、返事をすると
「もしもし、Aさんですか。探偵のSですが」探偵のS?…探偵のSって、誰だ?ふと、以前K刑事がその名を口にしていたことが甦る。確か、テレビリポーターのD氏と探偵屋にも、Gのことを話してあるんだ、と言っていた。きっとその流れの中で、私の携帯番号も教えていたんだろう

「ええ、Aですが」と、一応警戒して短く返事をする
「実はですね、K刑事さんから例のS会についての捜査資料を、お宅さんに渡しておいて欲しいと頼まれてましてね。どうです、これからN市でお会いしてお渡しするっていうのは?」ぶっつぶした相手の捜査資料なんて、見て意味があるのか、と思ったが、あのK刑事が見せたいと言うのなら、なにかあるのだろう
「わかりました。で、Kさんも来られるんですか」
「いや、それが大事な捜査会議があるって言うんで、私が頼まれた訳でして…」
「そうですか。で、どこへ行けばいいんでしょうか?」落ち合い先の名と場所を聞いて、相手が通話を切るのを確認して携帯をパチンと閉じる

「こ、これで良ろしかったでしょうか?」会話を終えると同時に、元S会若頭のTにスマホを取り上げられて、探偵Sは自分の声が震えているのに改めて気づく
「よし。それじゃあ、待ち合わせ場所に移動するとするか。ヤスコー、車を取って来い」Sの喉元にアーミーナイフをぴたっと当てていたヤスコーことI瀬は、へい、と頷くとSの事務所のドアを開け、このビルの近くのコインパーキングに置いた車を取りに出て行く
「それでは、私は…」その後を追って出て行こうとするSの襟首を掴むと、Tが「だめだ」と言い放つ
「お前がサツとつるんでるのは先刻承知だ。本来ならこの場で殺っちまってもいいんだが、生かしておけば役に立つこともあるかも知れん。…だろ?」そう言っておいて、襟首を掴んだ手にぎゅっと力を込めてから、Sの体を突き飛ばす

耳の中にSの緊張している声音が残っている。なにか、緊迫した状態で私に電話して来たに違いない。パソコンを起動して、さっき彼が言っていた待ち合わせ場所を検索する
どうやら港区の、総合ショッピングセンターの中らしい。N駅から臨海高速鉄度に乗れば行けるらしい。
いずれにせよ、N駅で逢えばいいものを、わざわざN市のはずれの場所を指定するとは、ね。危なそうな臭いがぷんぷんだなぁ

わくわくを感じて、高揚している自分がいる(さぁて、どっちのスーツを用意して行こうかな)
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2018年04月18日

熟年超人の日 stage3 37

結局、会社の登記はゴールデンウィーク明けになってしまった
午前中に法務局に行って、全手続が完了。迷った末、会社名は平凡に、株式会社緑化計画とした。銀行口座の開設も成ったので、昼休み時間を見計らい、久しぶりにT電のH本部長の携帯に連絡を取る
「あ、どうも、Aです。ご無沙汰してます」なるべくへりくだらないよう、営業口調を抑えて、なるべく対等の立場で喋ろうとすると、どうもぎこちなくなってしまう
「はい、Hです。ご無沙汰しております。当方からのご連絡が滞って、申し訳ございません」なにかあったのだろうか、かなり下手に出ているような気がする
「お待たせしました。本部長さんのアドバイス通り、会社を立ち上げましたので、そのご案内と思いまして…」
「あ、そうですね、…そうですか」どうも歯切れがよくないな

「で、本部長さんのおっしゃるように、会社名義の口座を開きましたので、そのご案内はどのようにすれば良いのかと…」つられて、こちらももやっとした言い方になってしまう
「実は、社内調整はほぼ完了仕掛けたのですが、政府筋からご指示がございまして。要するに、この件の進展については、少し待て、ということでございまして…」えーっ、そんな横やりが入っているのか
「ということは、Gの手は借りない、ということなんでしょうか?」少しむっとした声音で返答する
「い、いや、そういうことではございません。今回お願いしている、廃炉撤去にグリーンマン様のお力をお貸し頂くことについては、基本、政府も反対という訳でもないのですが、国際的にも注目されている事象でありまして、その辺りの誤解のないアナウンス方法の整合というか、国家的な方針を検討中ということでして…」
なるほど、日本だけの問題ではないということか、と腑には落ちたが、それではこちらが困る

「そうですか。で、Gへの依頼はいつまで延ばせば良いんでしょう」先方が企画内容を検討したい、と言っているときは、期限を切って、回答を促すのが企画屋稼業の鉄則だ
「い、いや、どうでしょう、どれくらいまでお時間を頂けるのでしょうか。お教え頂ければ、それをあちらに回答して、本件の進展を促したい、とも思うのですが」
「そうですねぇ、ご承知のようにGは宇宙で仕事をされているようなので、時間感覚そのものが我々とは違うと思われるのですが、前回のテレパシー連絡のときには、放射能の拡散についての危惧を晴らすのに、集団思考型のこの星の人類は、意見調整にある程度時間を費やするだろう、と言われていました。実は、仲立ちをさせて頂いている私の方にも、国の方からいろいろ接触がありまして…」だから、家族を守るためにも、お金が必要なんです、と言いたいところを、ぐっと堪える

「そうですか、そうでしょうねぇ。すみません、こちらがお願いしなければいけないのに、Aさんにご無理をお願いしてしまって。開設された銀行口座は、私のスマホにメールでお送りください。メールアドレスを申し上げますので、メモのご用意を願います」心配するまでもなく、相手の方から触れにくい話をしてくれた
わかりましたと言って、手元にメモ用紙を置き、H本部長の言うメールアドレスを控え、早速そのアドレスに、開設した会社名義の普通預金の口座番号を送信すると、折り返しメールが届く
<待機頂く間の、着手金をお振込みしたいので、金額をお教えください>とある
ちょっと躊躇したが、思い切って《1億円でお願いします》と送る
すぐに返信が着信して<会社承認がまだ取れておりませんので、後日ご連絡を差し上げます H>ときた
それはそうだろうと納得したので《了解しました。お早目にご連絡を》と送信して、交渉を終える

しかし、折角超人になったのに、これではなかなか次に進めない。ジュブブの心配も、案外こんな処にあったのかも知れないと、少々気分が落ち込む
なんだか、超人能力を思いっ切り発揮して、すかっとしたいなぁ、と心の底からなにかが頭をもたげてくるのを、今までの自分が、だめ出しをする。
ゴールデンウィークの間は、Y市の息子のマンションに行って、妻や孫や息子夫婦と楽しい時間を過ごせたが、その際も、今取り掛かっている仕事が、近々うまくいきそうだ、などと楽観的な話を開陳していたので、ますます気が重い

T電事業本部長のHは、Aから送られてきたメールの金額をもう一度眺め、ため息をついた
仲介者のAが要求してきた手付金の金額には驚かなかったが、社内の慎重派、反対派の連中が、金の話となると、どうN見山社長に訴えてくるか、想像がつくのだ
漫画や映画のスーパーマンなら、無償の行動なのだろう。しかし、こちらの希望の通りに作業して(…そう、作業なのだ )もらうとなれば、ちゃんとした契約を交わす必要がある。
その契約の仲立ちが一般人なら、対価を要求してきても当然だろう。すでに、あの施設の破壊状況を把握し、放射能汚染の拡大を防ぐため、何千億が費やされ、これから先、何兆円掛かるのかも知れない廃炉作業の、核心部分が、一気に片付くかも知れないことを思えば、安い金額ではないか。
彼がこの先請求して来るはずの成功報酬も、せいぜい十億円といったところだろう(いずれそこも詰めないといけないが)
意を決すると、デスクの社長直通の社内電話を取り上げる
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2018年04月11日

熟年超人の日 stage3 36

『こんな場所でのお話しをするのも何ですから、まずは用意してあるお部屋までご案内いたします』K田が、取り繕うように手振りでエレベーターホールの方を指し示す。
上司のT脇も、にっこり微笑んで会釈すると、エレベーターに向かいながら、受付の女性に受け付けはいいから、と合図する。T脇から、今回の来客について指示を受けている受付嬢は、軽くうなづいて内線電話で北米一課長席に連絡を入れる。それを横目で確認しておいて、先にエレベーター内に入って皆の乗り込むのを待っているK田に目くばせする
エレベーターが上昇する間、四人の無言の男達を鉛のような緊張が包む

『ようこそ、お目にかかれて嬉しく思います』お定まりの歓迎の言葉で、課長のG野が握手の手を差し伸べる
『ご機嫌いかがですか、G野さん』面識のあるジョナサンが握手を交わしながら、傍らのデスモンドをうながしてG野に引き合わす
『ご機嫌よろしゅう、G野課長さん。私はデスモンド・ブライト、A国原子力規制委員会から御国にお伺いしました』人懐こい笑みを浮かべながら、握手を交わすメガネの奥の目も細まっていて、いかにも友好的な人物に見える
『そのように伺っておりますが、今回のご訪問の目的は、やはりあの件のご調査なのでしょうか?』核心の間近に楔が打ち込まれる

『いきなり、ですか。そう、その通りです。漏れ承るところによれば、あちらの廃炉処理は、御国の技術ではない手法をご検討中だとか』横からジョナサンが口を出す
『大変斬新な方法を取られる可能性がある、ということで当委員会でも関心が高まっておりまして』デスモンドが補足する
『いやそれが、詳しいことはまだ当事者のT電力も審議中でして、当省としては経産省から正式な報告が入らなければ、なにもお伝えすることが無いのですよ。本当に困ったものです』G野は両手を広げて、オーバーに困っていることを表現する

『…でしょうな。私どもでもよくある話で、なんでもかんでも外交畑に問題が投げ込まれて、その上でうまく処理しておけ、と指示があるのですから、困ったものです。…ということで、A国大使館としては、こちらのデスモンド氏が現地で心置きなく現状調査ができるよう、御省のサポートをお願いしに同行した次第です』
よく分かりました、現地での調査が滞りなくできるよう取り計らうので、しばしお待ち下さいとG野は返答して、現地での付添役としてK田を改めて紹介して、その日の会合を終えた
A国人が帰ると、G野は内閣官房に今回の経緯を報告した後、北米局長に報告するためT脇とK田と共に部屋を出た
*
*

[ 22日(金)の5:45pm 千代田区永田町内閣官房 ]
「外務省から報告があった。彼らはF原発に行きたいそうだ。表向きはNRCが、現地を確認したいそうだが、実質A国中央情報局の調査で、多分日本がGをどう扱う積りか、判断するための材料集めだろう。まあ、こちらとしては、痛くもない腹の中を見せるんだから、ご自由にと言ったところだが、どうも官邸の中では、この機会にGの協力を得られるんじゃないか、って言う楽観論も出ているらしい」官房副長官のW田が官房副長官補のT野木に話しかけている
「官房長官は、なんとおっしゃっているんですか」特に抑える風でもなく、普通の声音でT野木が問いかける
「K渡さんは、日本に他意がないことを示すように、かの仲介人氏のことまで、全部ぶちまけて、あの国が安心できるようにするべきだと総理に進言しているらしいが、どうも防衛大臣あたりがね…」
「そういう訳ですか。総理ご自身もお困りになっているんですね」
「そうなんだ。困ったもんだよ、廃炉を手伝ってもらえるのかどうかも、本当のところは不透明なのに、その先まで考える連中がいるなんてなぁ」ため息交じりにぼやくW田を、見ているT野木の心に不安が芽生えている
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2018年04月03日

熟年超人の日 stage3 35

K刑事は、やってられんなーと小さく呟いて
「警視殿、いずれマスコミがこの件を報じるのは時間の問題でしょう。警察組織末端の自分と、マスコミの代表格のテレビリポーターがつるむことで、お偉いさん方の会議じゃ出ないような話や、世間の反応ってやつが、手に入るんじゃないんでしょうか」
「なるほど。その考えがあっての行動だったら、意味があるな。それ、進めて下さい」D田の応答に、Kはほっと表情を緩める
「で、公安の方はA氏の警護から下りるんですか?」
「A国が出張って来たら、僕ら表立っては動けないんだよ。だから、A県警にお願いしたいところなんだが、いろいろあってね」キャリアの警視が腹を割って話す(ように思える)ので、Kも心の防御壁を少し下げ
「本庁さんは大変ですねぇ、あちこち気を遣わないといけないみたいで」なんとなく追従じみてるな、と思いながら、素直に協力する気になっている

「では、頼みます。Aがグリーンマンのことで、なにか話したら、速やかに報告して下さい」隠しても隠し切れていない、階級差を感じさせる物言いに、Kの頭の中に警戒ブザーが鳴り始める
「あ、すみません。ウチの上司の方には、今回の経緯については、通しておいてくださるん、ですよね」
「そちらの本部長には、公安参事官のO原の方からネゴしてもらう手筈になってますから」さらりと答えるD田は、にっこり微笑んで見せると、じゃ、と言ってKの返事を待たずに、部屋から出て行ってしまう
この件にどっぷり浸かってしまったことが、今後の昇進にどう影響するんだろうか、とそのままの姿勢で考えを巡らせていたが、やがて生まれてくる子供と、Y江のことを想い、俺はもっと骨太にならなきゃいかん、と呟くと両掌で自らの頬を二、三度ぴしゃぴしゃ叩いて、部屋を出て捜査四課二係に戻って行く
*
*

[ 22日(金)の2:15pm 千代田区霞が関 ]
外務省北米局北米一課企画官のT脇と課員のK田が、緊張した面持ちで本館1階フロアに立っている。連絡のあったA国大使館員のジョナサンが連れて来るはずの、NRC(原子力規制委員会)の主任調査官だという男を出迎えるためであった
「企画官、遅いですね、彼ら。大使館からここまで、車で5分くらいで来られますよね」K田が気の乗らなそうな顔をして、T脇に話しかける
「ふん、どうせ、幾ら待たせてもいいと思ってんだろ、ジャパニーズモファ(MOFA=Ministry of Foreign Affairs)なんて、連中からすれば、ただの連絡係にすぎんのだからなぁ」

そのとき、正面玄関の車寄せに黒塗りのリンカーンコンチネンタルが入って来た
「やれやれ、やっとおいでになりましたね」顔を見合わせると、満面の笑みで館内に足を踏み入れた二人のA国人を出迎える
『すみません、遅くなりまして。本国から訂正連絡がありましたので、その確認に手間取っておりました』
『訂正、連絡、ですか。それはまた…』K田が、相手におもねるような態度で、滑らかな英語で応答する
『ところで、ジョナサン書記官、こちらのお方がNRCの調査官の…』T脇が単刀直入に、関心事に焦点を合わせる
『おお、これは失礼した。こちらは、主任調査官のミスター ブライトです』
「はじめまして、わたしはデスモンド・ブライトと、もうします」日本風に軽く頭を下げながら、流ちょうな日本語で挨拶する。メガネの奥の瞳は緑色、身長は170pくらいだろうか、痩せ型で日本の外交官の二人と比べても小柄に見える

インテリジェンスを感じさせるこの男は、肩書通り原子力畑の調査官にも見えるが、このタイミングの来訪は、間違いなくA国中央情報部からやってきたエージェントだろうと、T脇は値踏みした
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2018年03月19日

熟年超人の日 stage3 34

『今まで連絡入れられず、ごめん。もうじき、T電さんとの話がまとまる予定です。まとまったら、まとまったお金が(笑)入る予定なので、目鼻が付いたら、どこかに一泊してお祝いしよう(^O^)/』
どこまで本気にしていい話なんだか、と思ったが『それはどうもありがとうハート』と返信した後、今夜は電話して声を聞いてみようかな、とM代はもう微笑み気分になっている

司法書士の事務所に電話する前に、長らく連絡していなかった妻宛てにメールを送信したので、折り返しの電話があるかと少し待ってから、9時半になったのを確認してT田事務所に電話する
草案についてはOKしておいたので、すぐにでも登記できるのかと思っていたのだが、社印、代表印、ゴム印など早く作るといいですよ、と言われる。思っていたより面倒だが、仕方ない。会社が無ければ銀行口座も作れないのだ
超人なんだから、そんなめんどうなことはしてないで、やりたいようにやればいいのだが、家族のことを考えると、そうも言えない。そこが焦れったくて、壁でも殴りたい衝動にかられる
そんな自分に気付いた私は、そんなことしたらアパートが壊れちまうぞ、と自分にブレーキをかける。なんだか、どんどん若かった頃に戻っていくようで、嬉しさ四分戸惑い六分と言ったところだ
*
*

[N市東区の木造2階建てワンルームマンション204号室]
小さく3回2回2回のノックが聞こえる
腕立て伏せをしていたTは、素早く起き上がるとドアスコープで確認した上で、ヤスコーを素早く部屋に入れ、自分の椅子の前にもう一脚椅子を用意する
ヤスコーと呼ばれているチンピラのI瀬は、コンビニのビニール袋をTに手渡すと、そのまま直立している
「外はどうだ。ん、新聞買って来たか、よし」ぼそっと、言うとTは、袋の中から新聞を取り出して広げて3面から読み始める。部屋にはテレビもあるのだが、この部屋に逃げ込んだときから、自分が警察病院から逃走したことも、組事務所が壊滅したことも、どの局も報じてはいなかった
今、紙面を隅から隅まで探しても、どこにも載っていないことを確認して、Tの心中の疑念が怒りに変わった

「俺らがあれだけやられてるのに、世間の奴らは完全無視か。こうなったら、なにがなんでもあいつは許さんでぇ」うなるようなTの独白に、ヤスコーことI瀬は黙ってうなづく
「ヤスコー、お前、あいつって誰の事だか分かってるんか?」
「あの化け物を送り込んできた、Aって奴で」とばっちりが飛んできそうなTの剣幕に、ヤスコーは慌てて答える
「そうかよしよし、お前意外と頭が回るんだなぁ。そうだ、その通りだ。化け物相手じゃ戦争にならん。弱みを突くんじゃ、弱いところを狙うんじゃ」その言葉は、ヤスコーに言っているというより、自分に言い聞かせているようだ。聞かされているヤスコーは、怒っているTに緊張して、物も言えずに直立したまま、前だけを見つめている

同じ頃、公安のD田警視は、N市の県警本部の一室で、捜査四課のK巡査部長に会っていた
「それで、あの男に逢ったとき、マスコミ関係者が同席していたと言うんですね。君はそれが、どう言う意味なのか、分かっているのですか」
「分かってますよ。でも、あいつのふところに入れ、って言ってたの、警視どのじゃないですか」
「それはその通りだが、部外者、ましてマスコミ関係者にこの件を教えるなんて…」落ち着こうとしてか、ポケットからフリスクの容器を取り出すと、何粒か掌に受けて、一気に口中に放り込む
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2018年03月15日

熟年超人の日 stage3 33

「防衛大臣が興味を持たれているということは、あちらのお国の偉い方も、別のお国の偉い方も、みんな気にされるようなことなんでしょうね。だったら、一番先に、その興味の対象になっているお方にお会いになられることが、大事なのでは、と思います」そこまで喋ると、少しだけ首をかしげて、老人の目を真直ぐに見る(その仕草を老人が好むことを知っているし、N絵がそれを分かってやっていることさえ、老人が好ましく思っていることを承知している)
「そうだな、M崎が言っていた仲介役のAという男に、一度会っておくとしょう」そう言った後は、もうN絵を相手にせず、黙々とテーブルの料理を口に運んでいく
*
*

孫のT哉がやっと寝始めたのを見て、M代は嫁のK子と顔を見合わせて微笑んだ
「T彦も生まれ立ての頃はよく泣いたわね。あの頃はまだ布のオムツで、亡くなった私の母が一杯縫って、持って来てくれたのを毎日せっせと替えて、せっせと洗ってせっせと干したものよ」
「その後くらいなんですね、紙オムツが出来たの」如才なく話を合わせるK子
「そうそう、ムーニーよね。下のM実のときは、あれで助かったわ。主人も、上の子のときはオムツの替えくらいは手伝ってくれてたけど、下の娘が生まれたときには、最初の会社を辞めて印刷会社に移った頃だったんで、毎晩遅かったから大変だったのよ」喋っていると、これまでのことがふわ〜っと甦る

夫のAとは、同じ旅行会社の同期入社ではあったが、高卒で接客カウンター配属のM代と、4才年上で団体係のAとは大した関わりもなかったが、入社して4年ほど経った春、伊豆方面に出ていたAの乗った貸切バスが、季節外れの大雪で立ち往生したとき、留守家族への対応が的確だったと、Aがお礼にM代を夕食に誘ったことから、結婚にゴールインしたのだった
その後、二人の子供にも恵まれたのだが、少々空想家のAは10年前後で職場を変え、新しいことにチャレンジしたくなる性癖があり、それが高じて40才になった頃、十年勤めていた印刷会社を退職し、旅行紹介型のタウン誌を発刊し、8年頑張った後、結局大赤字の会社をたたみ、自宅まで手放すはめになった
ちょうど大学2年の長男と、大学受験中の娘を抱え、M代が人生最大に奮闘する5年間が始まった

幸い、夫のAも会社をたたむ頃、それまで付き合いのあった広告代理店SAプランニングの、M田井社長にウチに来ないか、と誘われていたので、一家の表情はさほど暗くはならなかったが、後になって、このときの苦労が、M代の健康を蝕むことになるのだが…
幸い国立大学を出たT彦は、一流企業に就職し、親の助けも借りずに、良い家のお嬢さんと結婚して、自分たちで買ったY市のマンションに、親の同居を勧めてくれた
夫のAは、世話になったSAプランニングには、定年まで勤めたいからと、Y市から離れたK市の安アパートに単身で留まることを選んでいた。それでも定年が間近になってからは、子供が生まれれば大変になる息子夫婦の家を出て、今度は夫婦二人だけで暮らしましょう、と年が明けてからは、そんな話をしていたのに、今度は超人になって、一旗揚げるみたいなことを言っている

夫の空想好きは、よく分かっていたけれど、そんなところが好きで結婚したんだからしょうがないわ、とあきらめていたM代だったが、日曜日にY市に戻ってから、夫からはまだ一度も連絡がない。なんでも大手企業さんと話をするんだ、と言っていたが…
それにしても、原発がらみのお仕事って、危なくないのか、そこが不安のタネだった
大体、タウン誌を始めたときにも、わたしには相談なかったし(相談があれば反対したと思うけど)、今度もなにかあったら、すぐ連絡してくれなんて、物騒なこと言っていたし
そこまで、考えているとタイミングよく、夫からのメールの着信音が聞こえた
posted by ミスターK at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | SF小説