2018年08月01日

熟年超人の日 stage3 51

「まだ、彼のテレパシーはつながっているのかね」老人の語りかけが、とても穏やかな声音になっている
「ここから彼が飛び去る際、物体を衝突させて相手の体組織を破壊する攻撃方法は、原始的な文明レベルである、という想念が伝わって来た後、今はもう何も感じません」と伝える
「そうか、折角来てもらったのに、直接会えなんだな」心底残念、といった表情で嘆いている老人を見ると、なにやら騙しているようで気が引けてくる
「でも銃で撃ったことについては、なにも気にしていなかったようですよ」などと、言わずもがなのことを口にしてしまった

そうしているところに、T堂氏の携帯が鳴る
「はい、そうだ、…そうか、…そうなのか、分かった。私から報告する」と、例によって小声で、てきぱきと応答して、携帯をオフにする(…が、私の超人耳にはちゃんと聞こえている)
「はい、そうだ(T堂だ、発射した弾丸の幾つかが、庭で見つかったと)そうか、(現時点で2発回収できた7.62o弾丸の弾頭には、なんの傷も付いていなかったと)そうなのか、分かった。(その件については)私から報告する」てな具合にちゃんと聴こえている
携帯を胸ポケットに収めたT堂氏が、今度は老人の耳元に今の報告内容を囁く。ほぼ先ほどの携帯でのやり取りを繰り返したものだったが、最後に補足として、あの距離ならば外すはずがない銃弾が、無傷で落ちていたということは、怪人には弾丸をそらす能力があるものと思われると言って、報告を締めくくった

「おぬしは、あのグリーンマンとやらが、銃弾をそらす力を持っていることは知っておったのかな」私の呼び方が、あんたからおぬしに変わったことに気付いたが、それがなにを意味しているのか分からなかったので、とりあえず「いいえ」と短く答えておく
「しかし、あのグリーンマンの力はすごいな。あれで、エフワンでは1万トンもあるメガフロートを持って宙を飛びまわったというじゃないか」老人の眼が輝いている。頬もなにやら紅潮して、興奮が見て取れる
「なんでも、この惑星の爆発力で殺傷物体を相手にぶつける攻撃方法は、文明レベルがまだまだ低い証拠だと、以前言ってましたから」老人の高揚感が伝染して、ついつい言わなくても良いようなことを言ってしまう

「そうかそうか。ええのう、そうかそうか。ならば、大砲でも爆弾でも平気のへい、だということか。そうかそうか」ますます上機嫌になる老人の脳裏になにが浮かんでいるのか、基本小市民でしかない私は不安になる
「ところで、あのグリーンマンは、いつまでこの地球にいられるのか、おぬしは聞いておるかな」突然の老人の質問に、慌てた私は思わず本音を吐露してしまう
「こちらの任期は、地球時間で50年はあるそうです」言ってしまって、老人の眼がぎらっと光るのを見て、私の心は言い得ぬ不安に襲われる
「T堂、やはりわしの読んだ通りだったな」と、傍らに立っているT堂氏に語りかける
「ははっ、御館様のご推察通りでありましたな」しゃちほこばって答えるT堂氏の態度に、私の中で警戒ベルが鳴る
「T堂さん、それはどんなお考えなんでしょうか?」どうも老人には話しかけにくい

「グリーンマンは、この日の本を救ってくれようと、天が遣わした守護神だということだ」T堂氏ではなく、老人が応える
「はあ?」思いがけない話の展開に、つい素の馬鹿げた声が出てしまう
「分からんか、そもそもおぬしが、かの天のお使いに出会ったのも、大いなる御心のなせる業であったということだ」なんで、話がそうなっていくのか…
「今や、この国は諸外国の権謀術策にはまって、己が国の未来のための施策も、自由になせない状態になっておるのは、おぬしにも薄々分かっておるのだろう」そうか、そう言えば、日本の原子力利用のエネルギー計画は、A国の原子力開発計画の一環に組み込まれていて、廃絶の自由はないんだと、ネットにあったのを見たことがある
「それを、うむを言わさず、超人の力技で克服させようと、日本の神様が遣わした、と」ついつい偉そうな相手に迎合してしまうのは、企画マンであった私の癖

「そうだ、おぬしにも見えているな」やはり大物に褒められると、悪い気はしない、…ってこれで良いのか!?
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2018年07月17日

熟年超人の日 stage3 50

「そんなつもりは毛頭無い、と伝えてくれんか」今までずっと、神社のご神木のように静かな佇まいを見せていた老人の声音が、少しだけ人間味を帯びている
「分かりました」と答えて、再び瞑想ポーズをとって周囲偵察を試みる。その反応に空中待機しているGスーツの視野を重ねると、庭園内に散らばっている20人のうち、樹木の陰で長い銃器(ライフル?狙撃銃?)を構えている者が七人、指揮を執っている者が三人、撮影機材を扱っている者が八人、建物内に入ってPCを操作しているらしき者が二人いるのが分かる
「庭に配置されている者のうち、明らかな敵対行動を取っている者が七名いる、と伝えわってきました」と伝えると、老人の心拍数が上がる

「T堂、銃を下ろさせろ!」固い凛とした声が、老人からほとばしる
T堂氏が襟元のピンマイクに小声で命じる。私の超人耳には「銃を下ろせ!」と聞こえてはいるが
「ここに来たのだから目的は達しているから、立ち去ってもよいか、と伝えて来ました」と、私が伝える。どうもめんどうだが、このやり方しかないようにしてしまったのは、私だ
早朝にこの辺りを覆っていた霧は、もうすっかり晴れている。中庭の真上の空中で、軽く脚を開いて腰に両手をおく、スーパーマンポーズを取っているGスーツは、私が見てもなかなか格好いい
「ここに降りて来て、わしと話ができんか、そう訊いてくれ」老人が私にそうねだる。これが一番の難関なのだ。空スーツでは、降りて来て話をする訳にはいかない
「惑星住民と交流することは、彼、あ、私のことですが、のような緊急時接触以外、銀河規約で禁じられている、と伝えて来ました」苦しい言い訳だが、こんな言い方しか思いつかない

庭園に散開しているこの屋敷の護衛隊は、植え込みや樹木の陰に潜んでいたが、各班の隊長から射撃解除の命令を受けて、銃口を下に向けているが、眼は屋敷の中庭上空の緑色の怪人から放していなかった
屋敷の玄関口前の、楡の大木の陰に潜んでいる東の守り『青竜隊』のスナイパーS原は、その時急に吹いた一陣の風に、緑色の怪人がふわっと横にずれたように感じた
もう一度、視力2.0の目で宙に浮いている怪人を凝視すると、時折り吹く強い風に、ゆらゆらしているように見える
「班長、奴はもしかするとバルーンかも知れません。確認のため、発砲しても良いでしょうか」その報告を受けた青竜隊隊長のR崎は、同時通話で聞いているT堂にお伺いを立てる

T堂が老人の耳元に口を寄せて、なにごとか囁いている(が、私の超人耳には「部下が上空の怪人が風船ではないかと言っています。確かめるため、狙撃の許可を申し出ています」と聞こえている)
「Aさん、あの空飛ぶ超人が風船細工ではないかと、部下が申している。で、穴が開いて空気が漏れるか、跳ね返してしまうか、試してみてもよろしいかな」なんとドスの利いている物言いだ
「分かりました、今訊ねてみましょう」Gスーツなら中身があろうが無かろうが、銃弾などへっちゃらだろう
「やってみよ、と伝えて来ました。ただし、それが済んだらこの場を離れる、ということです」まっすぐ老人の眼を見て、そう返答した。一瞬、老人の眼に力が宿り、すぐ瞼が閉じられ
「では、T堂、やらせてもらいなさい」T堂氏は「はっ」と言って、頭を下げると襟元のピンマイクに向かって「射撃開始」と、抑えた声で指示を送る

私はと言えば、テレパシーを装いながら、メガネのテンプルを、トト、トトと二連打の連続打ちで、GスーツにK市のアパートへの帰投を指示して、この後のセリフを考える
バスッ、バスッ、バスッ、とサプレサーで抑えられた銃声が十数発聴こえ、じきに静かになる
「全弾命中すれど、怪人は腰に当てていた手を頭上に伸ばして、始めはゆっくり上昇して、その後もの凄いスピードで飛び去ったとのことです」常に落ち着いた物腰のT堂氏には似つかわしくない、やや慌てたかすれ声の報告に、少し前に部屋に到着して老人の両脇を固めている二人のSPも、部屋の入口に控えているN絵も、沈黙に浸されている
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2018年07月06日

熟年超人の日 stage3 49

「失礼します」涼やかな声が掛かり、N絵が部屋に戻って来た
「B東の手首は、きれいに折れていたので、1月ほどで職務に戻れるということでございました」
「ならば、白虎のN田に言って、2名こちらに置くように」老人がN絵に申し付ける
「すみません、B東さんに悪いことをしてしまいまして」一応、謝る体裁を取る
「いやいや、あの程度に抑えて頂いて、こちらこそ申し訳ない」何事も無かったように老人が応える

「ところで、さっきの話だが、あんたの頼みごとに、その宇宙人は、どの程度まで応えてくれると思っているのかな」一気に、話が核心に迫る。
この老人は、いわゆる政界の黒幕って人物らしいが、うっかりしたことを約束させられると、一般人Aとしての私の束縛になってしまいそうだし、結果、超人活動がこの日本第一主義で、なおかつ“何でもやれることはやる”的な、過激派に利用されるようになったら、ジュブブが黙ってはいないだろう
「以前、F原発の放射能廃棄物を、一気に片付けられるか訊ねたときに、それはこの惑星の人類にとっても良いことだから、助けてやろう、みたいな答えをくれました。多分、彼は他の惑星の人間に対して、公正中立の存在でいなければならないんだと思います」うまくまとめられてはいないが、自分なりに筋の通った答えが出せた、と少し自己満足

「ほう、それはあんたの考えなのかな、それともあんたの言うテレパシーで宇宙人がそう伝えてきたのかな」
「公正中立な存在である、というところは明確に伝わって来ました」この一点は絶対に譲れないところだ
「それで、その宇宙人とは会えるように手筈してくれたのかな」
「明け方にあったテレパシー連絡では、そろそろ現れる頃かと思います」神経質そうにこめかみの辺りを、指先でとんとん叩きながら、メガネのテンプルを2回軽く叩く(これで、木の梢からこの屋敷の上に飛来するはずだ。ただし、最近話題になっているAIのような機能があるので、後はGスーツが状況判断をしながら、ここにやってくる筈)

私のメガネの内側に、Gスーツが見ている景色が小さく映り始めた。今、梢から垂直に急上昇して、地上5000mまで上がり、そこで透明化を解除。かなり抑えた速度でこの屋敷の中庭を目指してやって来る
私はと言えば、テレパシー通信の開始を装って左手を額に当て、右手の親指でこめかみを押さえるポーズを取っている
そのただならぬ気配に、老人は無言でこちらを一瞥すると、一瞬、目でN絵をうながす
N絵はさっと立ち上がると、軽く会釈して部屋を出て行く。入れ違いにT堂氏が、さっと部屋に入って来る
「御館様、現れました」どのようなときにも変わらない声音が、微かに興奮の色を帯びている

私の影メガネの内側の映像が、ロの字型のこの屋敷を鳥瞰している。つまり、Gスーツが上空に来ている
テレパシーを受け止めている風を装い、周囲偵察をすると、屋敷の四方に配置されている築山型のトーチカ内で、激しく人が動いている
北側の築山トーチカから、この屋敷に延びているトンネル通路を、急速に接近しつつある二人(さっき老人がN絵に命じていた白虎から来る応援だろう)が、いる。さらに、四つのトーチカから五人ずつが、庭園内に散開していく
「Aさん、どうやら宇宙人が来たようだな」相変わらず正座したままで、老人が低い声で言う
「今、グリーンマンと会話中です。お静かに…」この機会に場の主導権を握ってしまおう

この屋敷の中庭の上空10mに、Gスーツは空中待機。庭園内に散開している人物たちは、銃らしきものを構えている。それだけで、この屋敷の戦闘体質が顕わになる。そして、老人がこの国で掌握している権力の裏側も、明瞭に露呈する
「なぜ、敵対行動を示しているのか、と言っております」こんな言葉をぶつけてみる。以前の私には考え付きもしなかった言葉だが、最悪、この屋敷をぶちこわしても仕方ないか、と覚悟してのセリフだった
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2018年07月03日

熟年超人の日 stage3 48

「すごい技だな。初めて見る。古武道のようだが、何流かな」老人が、感心したような声でそう言うのを、部屋の隅に控えていたN絵が、B東のもとに素早く歩寄ると、片膝をついて右手の具合を調べて首を振る
「手首が折れているようですので、手当てをしてあげたいと思います」そう言うと、老人が微かに頷いたのを確認してから、もう身を起こしてているB東に肩を貸し、私に一礼すると、二人で部屋を出て行く
私としては、B東さんの袖を掴みに来る手の、予想もしない速さにびっくりして、反射的に超人力100%でその手を払ってしまったための、事故みたいなもので、手加減できず悪いことしたなぁ、と反省
とにかく今後は、こうした日々の習練で極めた技に対応する場合、こちらもある程度ちゃんとした格闘術を習っておかないと、普通人のAとしての状態で暴力沙汰に遭遇したとき、強さの説明がつかなくなる

「流派はともかく、Aさん、あんたが只者ではないことはわかった。そこで、もうひとつお尋ねするが、あんた、この日本をどう思っているのかね」両の手を膝に置き、正座したままの老人が、こう問うてきた
「いやぁ、私としては日本、いい国だと思いますよ。諸外国より国内がすっきりしていて」
「それは、人種という意味でかね」老人の興味が高まってきているのが、超人耳に鼓動の変化として伝わって来る
「まあ、それだけじゃぁなく宗教への依存度もそれほど高くないですし、四季の変化を同じように感じたり、言葉が大体そのまま通じることとか、つまり価値観のベースが共有できているということでしょうかね」…こう答えながら、国粋主義の権化みたいなこの老人に、受けそうな話を語れるのは、企画屋ならではの処世術だが、満更方便でもないのが本音

ふふっ、と老人は笑いを漏らすと「あんたは、人を喜ばす方向に話を持っていけるタイプだな」と、ぼそっと言う。なんと、見抜かれている
「まあよい。ところで、あんたから見て、その宇宙人のグリーンマンとやらは信用できると思うかね」突然話題が飛ぶ
「ええ、まあ、頭の中に直接コミュニケーションして来るので、彼の考えの基になっている判断基準みたいなものまで分かります」
「ほお。それは、彼の話に嘘が無いことが分かる、という意味かね」
「嘘が無い、というより、彼が伝えてくれることと、私が彼に伝えたいことが、ずれていないことが納得できる、みたいな感じでしょうか」自分でもよく分からなくなって、理屈になっていないような説明になってしまう。まず私自身、超人状態と人間的な部分の区分けがはっきりしていないし、まして宇宙人(この場合ジュブブだが)の考え方だって、よく分からないのだから

「そうか。なら例の事故原発を片付けるふりをして、タンカーに積んだ放射能ゴミを、どこかの国の首都にでも持って行って、そこにぶちまけるよう頼むとか、出来ないかね」真面目な顔で、すごいことを言う
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2018年06月26日

熟年超人の日 stage3 47

「お待たせいたしました」N絵と老人が呼んでいた女性の声だ。襖越しに透視すると、さっきまでのしとやかな着物姿から、作務衣姿に変わっている
「はい」と返事をして、部屋を出てN絵さんの後ろに付いて、左手に日本庭園を眺めつつ長い畳廊下を歩くと、先ほどの食堂も過ぎ、さらにその先を右に曲がったところにある部屋に入って行く
この部屋は板戸になっていて、長押のところに『鍛錬室』と書かれた額が飾ってある(鍛錬室…?)N絵さんに続いて部屋に入ると、朝食の時、老人の傍に立っていた背の高い男が、柔道着のような衣装で入口脇に正座している
昔、学校の柔道部で見たような塩ビの畳(柔道畳)が敷き詰められた、16畳ほどの部屋の正面奥に、老人が同じような道着に黒い袴といった格好で、こちらを向いて正座している。その背後は板戸が開け放たれていて、中庭が見えている。左右の板壁には、木刀が数本と薙刀、タンポ槍などが架かっている

「さ、どうぞこちらに」老人が、部屋の真ん中の右側を手で示す。なにやら腕試しでも始まりそうな雰囲気
危惧した通り、私が部屋の真ん中右寄りに進むとほぼ同時に、入口に正座していた大男が立ち上がって、私に正対するように立つ。私は、昨夜のままの恰好だというのに…
「A様には、合気道の道着でよろしければ、こちらに用意いたしましたので、どうぞお召し替え下さい」と、N絵が黒くて浅い箱(乱れ箱、というらしい)に入った白い道着の上下と、黒い袴、黒帯の揃ったものを私の前に置く
「これは、今から柔道の稽古でも始まるんでしょうか」一応、とぼけてみる(内心では、超人なんで別に怖くはないが、本格的な所作など知らないので、合気道やっていた、は通らなくなるな、と思ったりしている

「あんたは、合気道を嗜むと聞いている。この男は自衛隊の空挺団で新格闘術を始め、合気道、空手、柔道などを身に着けている。ひとつお手合わせ願って、あんたの人となりを見極めさせて頂きたい」とっても断るなんてできない雰囲気だ
「いやぁ、わざわざ人様にお見せするような腕前ではありませんし、特に流派などのない自己流ですから、と言ってもなにもしないで失礼する訳にもいかんでしょうから、やりましょうかね」などと、らしく応答して、道着を手に取ってみて、どこで着替えましょうかと、N絵嬢を見やる
「失礼いたました。あちらの衝立の陰でお召し替え下さい」そう言って、部屋の隅に立っている虎の絵の衝立を指し示す

どうにかこうにか道着を着用して(袴は動き辛そうなのでやめておく)、衝立の陰から出ると大男がいわゆる自然体で部屋の真ん中に立ってこちらを見ている
「じゃあ、よろしく」と言って、こっちは超人なんだから、この男を怪我させない程度にやるには、どうしたもんかな、などと呑気に部屋の真ん中に歩み寄ると、大男が「B東、参る」と言ったと同時に、素早くこちらに接近する
「いやーっ」と、裂ぱくの気合をかけ、右手をすごい速さで伸ばして、私の左袖を掴みにかかる
これまで、砂漠のゲリラや(や)の連中と闘ったことはあるが、このように習練した相手と手合わせをしたことがない。なので、その気合にびっくりして、思わず制限しない速さでその手を払い退けてしまった
バチッと激しい音が響いてその瞬間、大男が右手を抱え込むようにして、畳の上に転がり、苦痛の声をもらす
「それまで!」老人が、甲高い声で試合を制止する
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2018年06月19日

熟年超人の日 stage3 46

時計が6時55分になったとき、襖の向こうに人の気配がして「お目覚めですか?」と涼やかな声がする
「はい」と返事をすると、昨夜の食堂で御館様が朝食をご一緒に、と申しておりますのでと、声が答える
「着替えましたら、伺います」と返事をすると、ご朝食は和風でよろしかったでしょうか?と言う声に「ええ、それでお願いします」と答えておいて、ささっと部屋の外を透視する。調理場と思しき一角で作業をしている昨夜の料理人と、廊下を遠ざかっていくいかにも秘書然とした女性、食堂の入口に立っているT堂氏らしき人影、食堂に座っている小柄な人影(恐らく御館様)、その横に立つ背の高い人物…で、全員のようだ
昨夜2時過ぎに到着したGスーツの自動タイプは、屋敷近くの森の中で一番高い、大きな杉の木の梢にグリーンマン形態のままスタンバイしてある

ところで、用意されていた肌触りの良い、いかにも高価そうなパジャマから、ここに連れて来られた時のままの、自前の服(スポーツシャツ、チノパン、吊るしの春物ブレザー)に着替えて姿見に映すと、若干の気後れが否めない
自身、あまり服装や住まいに頓着しない性格だと思っていたが、所詮、そんなに気になるような場所に出る必要がなかっただけで、こういう趣味の統一に金のかかった世界に放り込まれると、居心地が悪く、ややもすると心に卑屈の影が差すのだと、気付かされる
そんなネガティブ気分を振り払って、食堂に向かう。「おはようございます」と声をかけて、入口に立っているT堂氏に軽く頭を下げながら食堂に入る
長方形の大きな食卓の一番奥に、この家の主である老人が座っていて、傍らに背の高い若い男が立っている。T堂氏に勧められるがままに、入口側の席に着く。私の席の隣りは、あの若い女性だ

「どうかね、よく眠れたかね」少しかすれた声で、老人が私に訊ねる
「はい、良く眠れました。ありがとうございます」相当強引に連れて来られたことは気にしていない、という風に努めて明るい声で返答する。そこに、昨夜の料理人がサービスワゴンを押して入って来る。T堂氏と二人で、席に着いている私たちに朝食をセッティングする
老人には白磁の器に入った粥のようなものと、果物(いちじく?)を、秘書スタイルの若い女性(N絵さんだったか)には、スープとこんがり焼けたトーストとジャムとバター、野菜サラダ、私には鯵の開きを炙ったもの、山葵添えのかまぼこ、みそ汁、ご飯が用意される
「さあ、頂こうか。あんたもどうぞ」老人が声を掛けて、朝食が始まる

「すばらしいお住まいですねぇ」なにか言った方が良いかと、私から切り出す(ちょっと遜り過ぎかな)
「...」老人は無言でれんげを使って粥を食べている
「御館様は、お食事後にA様と時間を過ごされたいと申しておりますので、よろしくお願いします」N絵が代わりに話しかけてくる
「あ、はい、分かりました」そうか、この老人は食事中には喋りたくない、という訳か
お代わりを勧めてきた料理人に、もう充分頂きました、と辞して食事を終える(老人はお茶をN絵はコーヒーを飲んでいる)
「どうぞ、ごゆっくり」と言って老人が席を立つ。背の高い若い男と、N絵が両側にそっと付いて食堂を出て行く。私は、それから少し遅れて、T堂氏が淹れてくれたお茶をゆっくり頂き、T堂氏と料理人の二人に労いの言葉をかけることで、この先の予定が無いことを確認した後、一旦部屋に戻ることにする

朝の陽光が射す廊下を歩きながら、右側のガラス窓から見える日本庭園に改めて目をやる
昨夜は暗闇を超人眼でチェックはしていたが、この緑鮮やかな初夏の庭園の調和の取れた美しさは、やっぱり日本人の心に響くなぁ、と感心。布団が片付けられた部屋に戻り、高級日本旅館に似た室内を、改めて見廻すと必ずあるはずのテレビがないことに気付く
さあ、これからどうなる。Gに逢いたいと言っていたので、わざわざ呼び寄せておいたが、そのことには触れていなかった。一緒の時間を過ごしたい、って言っていたけど…。
もう帰っていいよ、と言われたら、どうやって帰ろうか。まさか、歩いて帰れとは言われないだろうが(そう言われたって困らないけど)、ここまで気を持たせてくれたんだから、手ぶらはないだろ、などと座布団に胡坐をかいて考えていると、廊下を近づいて来る人の気配がする。やれやれ、どうやらお呼びがかかったかな…
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